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フィラエ島のイシス神殿

フィラエ島のイシス神殿 
フィラエとうのイシスしんでん
(Temple of Isis at Philae isle)

PCが予め知ってていい情報

 「フィラエ島のイシス神殿」は、エジプト=アラブ共和国の南部の上ナイル地方?で、アスワン・ロウダムが成す人口湖に位置。人口湖の北部湖上に位置するアルギキア島に遺る、古代神殿建築複合。

 行政区で言うとアスワン県の県都アスワン市内郊外に位置。

 本来のフィラエ島は、現在のアルギキア島の南東に位置する。神殿は、アスワン・ロウダムの完工後、神殿複合の敷地の過半が年間のほとんどの期間水没する状態にあった。

 アスワン・ハイダム着工に伴うユネスコ主導の遺構移築プロジェクトの一環として、現在の位置に移築されたもの。古代からの呼称を継承し、移築された遺構は「『フィラエ島の』イシス神殿」と呼ばれている。

 「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」に含まれる古代モニュメントの1つ。1979年以降、ユネスコ世界遺産の文化遺産に登録されている。

【参照イメージ】

【参照地図】

追加情報

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「交流+知性 目標値8〜10」「情報+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 「『フィラエ島のイシス神殿』は、昔っから『ナイルの真珠』とか『ナイルの蜃気楼』とか言われて有名だったたらしい。今でも観光客は多いよ。当然、立ち入り有料ね。まず、ダムの人口湖東岸にある船着場でボートに乗るんだけど、大きくても8人載りくらいのボートを往復で雇うんだ(船賃は交渉が効く)。んで、島の南側の船着場から上陸するときに、入場料払うのな。
 特に欧米からの観光客に、ウケがいいみたいだね。ローマ帝国関係の遺跡はあるし、いかにもって感じの石造神殿だし。ピラミッドまで巨大だと圧倒されるけど、適度に重々しくらいの大きさなんだと思うね。
 毎夕、閉場時間まで、『光と音のショー』ってアトラクションやっててさ。神殿をライトアップして、歩いてくと主要スポットごとに古代の神話や、ローマ時代の建築にまつわるお話を聞かせてくれるってアトラクション。おいらは、好きだよ。お話もおもしろいし。ライト・アップされた遺跡は綺麗だし」―― ワールド・ワイドなバックパッカー
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「歴史+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 「フィラエ島のイシス神殿」としてアルギキア島に移築された建築物は、「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」に属すモニュメント建造物の内でも比較的新しく建造された物が多い。
 主体となるイシス神殿は、プトレマイオス朝?時代に建造された物で、それ以降のローマ時代に増築された建造物も複合している。
 現存遺構で最も古い物は、末期王朝時代?に第30王朝?のネクタボ1世?が建立したキオスクと神殿正門。ただし、本来のフィラエ島に神殿建設が建立されたのは、もう少し古い時代に遡ることが確認されている。
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「表現+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 「『フィラエ島のイシス神殿』の美しさは、まさに『ナイルの真珠』、まさに『ナイルの蜃気楼』でございます。
 考古学者の方には、『古代エジプトらしくない』と、おっしゃる方もおられますが。古代エジプト風、ヘレニズム風、ローマ風の建築が複合しておりまして、見飽きませんですな。
 美術的、工芸的価値だけでなく、数世紀に渡る古代建築史の変遷を今に留める至宝、と申せましょう」―― 趣味の古美術商
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「魔術+知性 目標値10〜12」「表現+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 「フィラエ島のイシス神殿」は、イシス=ハトホル女神?を祭神に、ハルポクラテス?(幼児ホルス)、オシリス神ハトホル女神、ネフテュス女神?、サティス女神?クヌム神などが祀られた複合神殿。
 陪神殿のように、ハレンドテス?(守護者ホルス)の神殿も併設されていた。他に、ヌビア系の神の小神殿なども併設されている。
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「言語+知性 目標値10〜12」「表現+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 「『フィラエ』という島名は、『おそらくヌビア語起源の地名、ピラクが古典ギリシア語?に移されたもの』との説が有力説になっています。
 『ピラク』は、『遠く隔たった(地)』と言った意味です。あるいは、『古代エジプトの南限』とイメージされた第1急湍〔きゅうたん〕のすぐ脇に位置した島の名として呼ばれたものかもしれません。
 この『遠隔の地』という地名が、古代エジプトの『遠方の女神』神話と結びついたのか、あるいは、元々、神話と結びついた土地だったので地名が付けられたのか。その辺は判断できませんが。神話と強い結びつきを持った地名、ではあります」―― フィールドの言語学者

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「魔術+知性 目標値12〜14」「表現+知性 目標値14以上」
詳しい情報 「フィラエ島のイシス神殿」では、幼児ホルスの母神たるイシス=ハトホル女神が祀られていた。
 神殿の神官団は、隣接したビガー島に神像を運ぶ祭儀を、10日に1度、執りおこなっていた。これは、ビガー島の墓所に眠るオシリス神に「女神が母乳を与える」ために訪れるとの祭儀だった。古い時代からのイシス-オシリス神話が、母神イシス=ハトホルの神格に併せて、新しく解釈された祭儀と言える。
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「魔術+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 「『フィラエ島のイシス神殿』は、アスワンに拠点を築いていたイシス神官団をプトレマイオス朝が後押しする型で建立した神殿だろうな。
 イシス神官団がフィラエ島で祭儀をはじめたのは、もっと前なわけだが。
 イシス神官団とクヌム神官団が神殿所領を巡って、それぞれに『ジュセル王?に認められた所領』と称して争った記録があるのだよ。
 どちらもフィクションだったようだが、『ジュセル王による認可』に重みがある、と信じられていたわけだ。
 そうした勢力争いもあたっところに、プトレマイオス朝が神殿を建立したので、フィラエ島のイシス神官団の権威は高まり、ローマ時代まで栄えた、――と、いうことであるらしいよ」―― 結社をはぐれた魔術師
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「魔術+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 フィラエ島のイシス神殿は、ローマ帝国でキリスト教が国教化された後もしばらく営まれていた。6世紀、ユスティニアヌス帝の時代に、皇帝勅令で強制閉鎖されたが、下エジプトの伝統神殿のような破壊を被ることはなく、主要な施設は聖ステファノ?を顕彰して、コプト教会として転用された。
 もちろんこの時、神像などは廃棄されたのだが、建築物の壁画などは、概ね損壊を免れた。コプト教徒たちは、イスラム教が上エジプトに浸透した後も、フィラエ島の教会を維持。記録によれば、13世紀頃まで、コプト教会が営まれていた。

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「歴史+知性 目標値14以上」
専門的知識 1970年代に実行されたイシス神殿他の移築作業は、30ヶ月かけられた。これは、年の半分は水没する状態にあったフィラエ島の周囲をフェンスで囲い、排水をしながら作業されたため。遺構の解体作業と並行して、考古学的な調査記録作業もおこなわれた、との事情もあった。
 調査では、現存する遺構の基部下から、さらに古い時代の建造物の基台残存が確認された。
 この古い基台は、末期王朝時代?、第26王朝?のファラオアマシス?の代に建立された物と確認された。さらに、アマシスより2代前の第26王朝ファラオが建立したキオスク(祠堂)の基台も確認された。

GM向け参考情報

【参照イメージ】

アイディア・フック

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「歴史+直観 目標値14以上」
インスピレーション 「第26王朝時代にイシス神殿の元が建てられたことはわかったけど。それより前から、フィラエ島でイシス女神の祭儀がおこなわれてなかった、て証明にはならないよねッ☆」―― ヒラメキの調査員
小辞典版推奨判定
「魔術+直観 目標値14以上」
インスピレーション 「うむ。実は、イシス崇拝は、中王国時代?下ヌビアにまで広まっていたのだな。
 イシス神殿では、ヌビア神も幾柱か祀られていた。フィラエ島にイシス崇拝を導いたのは、ヌビア王朝?(第25王朝)、という可能性は、充分あり得ることだ。
 大体、末期王朝時代にイシス崇拝を盛んにしたのは、アメン神官団?のアメン神聖妻だからな。第25王朝の王族からアメン神聖妻になったアメン・イルディス1世?の意思が関わっていたかもしれぬ」―― 結社をはぐれた魔術師

用法、用途

 「フィラエ島のイシス神殿」自体は、観光名所ですので、派手なアクションには向きません。銃撃でもしようものなら、テロ事件として扱われてしまうことでしょう。

 では、異常な超常現象の方はどうでしょう? こちらは、遺跡の現存するアルギキア島やビガー島まで含めれば、ある程度のことは起こせそうです。大規模な天変地異を伴う異常現象をおこすと、後始末が大変ででしょうけど。

 時ならぬ砂嵐や、ちょっとした地震を伴う異常現象なら、島から怪光が立ち上ったり、おぼろげな巨神の姿が一般人に目撃されたとしても、かえってネット上を一時にぎわす都市伝説的ヨタ話、て扱いになる後日譚にもっていけることでしょう。

 アスワン市街?から離れたダムの人口湖湖上って、立地が使い易いはずです。「真相は、クライマックスに直接関わったキャラクターが知るのみ」を狙えます。

(ダメ押しに「真相のトンデモ解釈」をセレスティアル・ゲートが後日公表するようにしていけば、完璧です。ほぼ、自動的に世間では信じてもらえないお話、になります)

 GMをする人のシナリオ傾向にもよるでしょうけど。「フィラエ島のイシス神殿」は、「シナリオ冒頭の場面」「探索の重要焦点になる重要スポット」「クライマックスが関わる場面」いずれとしても料理のしがいのある魅力的なスポットです。

 現存遺構自体が、末期王朝時代から、コプト教時代まで宗教施設として活用された物です。様々な古代史の謎を絡め易い、幾つもの時代の歴史が跡を遺しているような建物です。しかも、「本来の場所から移築されている」と言うオイシさ(笑)。「本来のパワーが損なわれている」としてもいいし、「きっかえさえ与えれば、オーパーツ・パワーが暴走し易い不安定状態になっている」としてもいいし。シナリオの都合に併せて好きに料理できます。

 おまけに、「一般客には公開されていないオシリス神殿」だの、「オシリス神の遺体が祀られてた(って伝承の)島」だのまで付いてる豪華さ(笑)。いろんな料理法が可能なお勧めスポットです。

 観光地の名所であることを、うまく逆手にとったプロットを工夫していくといいでしょう☆

 古い伝承を沢山抱えたエレファンティネ島まで絡めれば、さらにネタは豊富になります。ただ、エレファンティネ島は、アスワン市街に面したナイル川の島ですので、シナリオ・メイクの工夫がもう1ひねり必要になるはずですが。

遺跡へのアクセス

【参照地図】

  • 「PCが予め知ってていい情報」にリンクを貼った、「アスワン市周辺の地図」(EGYPTOLOGY ONLINE)を参照してください。

 一般的なルートは、アスワン?からタクシーなどで、アスワン・ロウダム東側で人口湖に面している船着場に。船着場から、最大8人乗り合い程度のボートをチャーターして島へ渡る。

遺跡の周辺状況

  • やはり、「アスワン市周辺の地図」(EGYPTOLOGY ONLINE)を参照してください。

 アルギキア島の南東500mほどに、本来のフィラエ島の残存部が位置します。

 本来のフィラエ島の西、300mほど、アルギキア島の南200mほどに位置するのが、ビガー島。かつて、オシリス神の墓所が位置するとされ、イシス神の神像が祭儀のたびに持ち込まれた島です。「地下の岩屋がナイル川の真の源」って、伝承がありまして。イシス神官団では、この岩屋にオシリス神が埋葬された、ってことにしてました。クヌム神の神官団では、クヌム神や関連神が、ここからナイル川の氾濫を呼び起こす、ってことにしてたのですが。

 本来のフィラエ島、及び、ビガー島は、特別な許可を得ていない一般観光客の上陸は許されていない、と想定しておきます。

遺跡自体へのアクセス

 島は入場有料。

 手元の旅行ガイド本によると、朝7:00〜夜19:00まで開場、とあるのですが。

 ところが、エジプト大使館・観光局アスワンのページを見ると、アトラクションの「光と音のショー」は、夏季は22:30から最終回、冬季は20:30から最終回、とあります(2006年5月現在)。

 もちろん、この辺はかなりフィクション設定を加えても大丈夫な部分ですが。例えば次のような会場時間をフィクション設定してみると、いいかもしれません。

フィクション設定
開場、朝7:00(オール・シーズン)。
最終入場、夏季、夜22:00、冬季夜、20:00。
閉場、夏季、深夜0:00、冬季、深夜23:00。

 例えば、「閉場後に怪しげな目的で島に上陸する陰謀組織NPC」なんてプロットは、この辺のフィクション設定で組んでみると、もっともらしいでしょう。

遺跡地帯の構成

【参照資料】

 島の南に設けられた船着場から上陸すると、まず「ネクタボ1世のキオスク」が西側に建っている。キオスクのはす向かいには「アレンスヌフィス神殿」が建つ。

 キオスクと神殿の間を進むと、2列の列柱の間に続く「第1中庭」に入る。この中庭に沿って北に進むと「イシス神殿」の正面に出る。神殿の手前右手(東側)には、列柱の奥に「アスクレピオス神殿」が建つ。

 イシス神殿を通り抜けた北側には、左手(西側)に「ハレンドテス(守護者ホルス)神殿址」が遺る。ハレンドテス神殿の北西、やや離れた位置に建つのは「コプト教会の遺構」(複数)。教会遺構は、元々アギルキア島に遺っていた物。フィラエ島に遺っていた純粋なコプト時代の遺構は、アギルキア島に移築されなかった。

 教会遺構の奥、島の北西部には「アウグストゥス帝神殿址」が遺り、神殿址のさらに西には、「ローマ時代の石造門」の遺構がナイル川との間に建つ。

 コプト教会遺構の南、イシス神殿の東には「ハトホル神殿」と「トラヤヌス帝のキオスク」が建つ。

 ハトホル神殿、トラヤヌスのキオスクの南側、島の南東部は、アレンスヌフィス神殿、アスクレピオス神殿が遺る。第1中庭の裏手にあたり、平坦地が開けている。

主要遺構

ネクタボ1世のキオスク
 現存するフィラエ島遺構で最古の物の1つ。末期王朝時代?初期の建造。ただし、プトレマイオス朝時代?に本来のフィラエ島に移築された物で、その前はどこに建てられていたのか、不明になっている。
 この場合「キオスク」とは、「小規模な祠堂」といった意味。14本の石柱で囲まれ、各柱はハトホル女神を形象った頭像を頂いている。
アレンスヌフィス神殿
 アレンフィヌス神?は、古代エジプトのシュウ神?にあたるヌビア神。アスクレピオス神殿との間を、ヌビア神マンドゥリスの礼拝所が繋いでいる。
第1中庭
 プトレマイオス朝時代に築かれ、ローマ時代に増築された。さまざまな柱頭をもつ列柱が並ぶ。
 東側の列柱は未完成で、柱頭が彫られていない物も多い。かえって、古代の石工技術を推定する手がかりになっている。
アスクレピオス神殿
 本来は、イムヘテプ?の神殿だったもの。イムヘテプは、ヘレネス?によってアスクレピオス神と同一視された。
イシス神殿
 紀元前4世紀〜紀元前3世紀にプトレマイオス朝によって建立された神殿。ただしその後の増改築も経た形で遺っている。
 大きくは、南側の第1パイロン(塔門)、ハルポクラテスの誕生殿と至聖所(本殿)とに面した中庭(第2中庭)、北側の第2パイロンから成る。
第1パイロン 幅45mほど、高さ15mほど。東翼と西翼とに挟まれた正門が、神殿の中庭(第2中庭)の南側を縁取る配置になっている。
 パイロンの壁面には「イシス女神、ホルス神、ハトホル女神らの前で敵軍を打ち破るプトレマイオス朝のファラオ」の浮き彫りなどが刻まれている。
 両翼に挟まれた中央正門は、ネクタネボ1世時代の建立で、島に現存する最古の構築物の1つ。入り口は、現在、上半身を起こした二体の獅子石像で飾られている。
第2中庭 第1パイロンの正面入り口を入ると、不等辺4角形の第2中庭に入る。不等辺4角形の平面プランは珍しい。
 第2中庭の左手(西側)に、ハルポクラテスの誕生殿が建ち、右手には第2列柱が並ぶ。中庭奥(北側)は第2パイロンの後方壁面。
 中庭からは、第1パイロンの後方壁面に、「ファラオやイシス女神が乗った聖なる舟を担ぐ神官群」の壁画を見られる。
ハルポクラテス誕生殿 第2中庭の西側を区切るような配置で建つ。ハルポクラテス神?の母神であるイシス=ハトホル女神?に捧げられた神殿。
 かつて、ここでは、ハルポクラテスの誕生を祝い再演する祭儀が執りおこなわれた。
ハドリアヌス帝の門 誕生殿の裏手には、ナイロ・メーター?に通じる「ハドリアヌス帝の門」が建つ。ローマ皇帝ハドリアヌス?の命で、オシリス神に捧げて建立された。
 門の北壁には「鷲と禿鷹が護るビガー島地下の岩屋で、ハピ神?が水を注ぎ、ナイル川の恵みを招いている」浮き彫り壁画が刻まれている。
第2パイロン 第2中庭の北側に、第1パイロンよりも、幅も高さもやや小さな第2パイロンが建つ。
 第2パイロンの入り口上部には、神殿がコプト教会として利用されていた時代に刻まれたキリスト教彫刻が遺る。入り口を通ると、列柱室、前室、至聖所へと続く。
 列柱室後部の壁面には、コプト十字架や、ギリシア語のキリスト教碑文が刻まれている。
 前室の壁面は、プトレマイオス朝時代、ローマ時代の壁画、碑文で飾られている。至聖所の壁面は、母神、イシス=ハトホルとハルポクラテスの神話にまつわる浮き彫り壁画で飾られている。
至聖所 イシス=ハトホル女神の台座のみが遺る。壁面にはプトレマイオス朝のファラオ達が捧げ物をしている場面が刻まれている。
 至聖所側室から屋上に通じる階段があるが、ここは封鎖されていて、一般客は参観できない。階段から屋上に出ると、小さなオシリス神殿が遺る、とのこと。オシリス神殿の壁面には、カラカラ帝?の命で刻まれたオシリス神の神話、あるいは一連の儀式で再演された場面が刻まれている。「オシリス神の死」「神の遺体の前でおこなわれる儀式」「ミイラとなったオシリス神」「ミイラの埋葬場面」など。
ハレンドテス神殿址
 イシス神殿の外、北に近接して、やや小ぶりなハレンドテス?(守護者ホルス)の神殿跡が遺る。位置は、ハドリアヌスの門」の北側で「イシス神殿至聖所の西側。
 現存部分は床面の他、わずかな構造と想定。神殿の敷地面積は、至聖所に近く、やや狭い程度。
 「遠方(沙漠奥地)から帰還したイシス=ハトホル女神が最初に踏んだ故郷の地」に建立された、との伝承が伝わる。
トラヤヌス帝のキオスク(祠堂)
 装飾的な柱頭で飾られた柱が目立つ。屋根や軒縁は未完成だった。
アウグストゥス帝の神殿、ローマ時代の石造門
 どちらも、基台部の他、わずかな構造物が遺るのみ。
 アウグストゥス帝?は、イシス崇拝などローマ以外の宗教を嫌った、と伝えられている。皇帝領であるエジプトでは、土着神の神殿も建てる必要を認めた、ということだろうか(?)。

活用や検討

活用

  • このページの記事を踏まえた、アイディア・フック?、使ってみたシナリオ、セッション・レポ、などなど
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重要な改訂の情報

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検討

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更新日時:2006/10/31 11:53:55
キーワード:
参照:[イシス女神] [アスワン県] [オシリス神] [アスワン市] [遺跡] [アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群] [ユネスコ世界遺産] [クァーサル・イブリム]
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