{{toc}} !ラメセス6世 ラメセスろくせい (簡易版) !簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。 :'''英語、他''':Ramesses VI !PCが予め知ってていい情報 *「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。  ラメセス6世は、[[古代エジプト]]の[[新王国時代|古代エジプトの新王国時代]]、[[第20王朝|古代エジプト第20王朝]]の[[ファラオ]]だった人物。  即位したのは、紀元前12世紀後半。 !やや詳しい情報 *「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。  ラメセス6世は、第20王朝の第5代ファラオにあたる。[[ラメセス3世]]の息子で、先々代の[[4世|ラメセス4世]]の兄弟、先代[[5世|ラメセス5世]]の叔父だった。  即位年については、B.C. 1145年とされることが多い。しかし、B.C.1141年とする説もある。在位期間は8年強。 ----  ラメセス6世の墓地は、[[王家の谷]]で発掘されている。実は、先代の5世が生前準備していた墓所を流用し、さらに拡張工事も加えて自分の墓所にしたのだった。現在、KV9とコード・ネームが着けられている墓所は、大きな彩色画とアーチ状の構造を持った玄室で知られる。  6世のミイラは、他のファラオのミイラとともに、王家の谷にある[[アメンヘテプ2世]]の墓所から19世紀に発掘された。古代の盗掘者によって、破壊された遺体が後世最埋葬されたもので、1905年におこなわれた調査では、際埋葬されたミイラには、少なくとも2体のミイラのパーツを、ラメセス6世のミイラと継ぎ合わせるようにして“修復”されていたことが解明された。 ----  現在の研究者の内には、ラメセス6世は先代の5世に対する反乱を起し、ファラオ位を簒奪した、と推定する意見も聞かれる。これは[[トリノ・パピルス]]の断片解釈と、種々の状況証拠を論拠とした推論になっている。 !さらに詳しい情報 *「難易度が、ある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。  ラメセス6世の治世。第20王朝の広域支配は、全面的に退潮していった。上エジプト東部の国境線は、パレスティナ地域の東部から、[[ナイル・デルタ]]の東縁部にまで後退。シナイ半島で営まれていたトルコ石鉱山も放棄された。  6世の統治期間は長くなかったが、3世の息子だったことから、高齢で即位したのだと思われる。ファラオ位は順当に息子である7世の継承された。 !GM向け参考情報 *GM向けの補足情報、[[マスタリング・チップス|チップス集]]、[[アイデア・フック]]など  「増補待ち」 !リンク *[[小辞典]]{{br}}⇔ [[小辞典ワールド編]]{{br}}⇔ [[歴史上の実在人物]] !!関連項目 *[[古代エジプト第20王朝]] *[[ラメセス3世]] *[[ラメセス4世]] *[[ラメセス5世]] *[[ラメセス7世]] !!資料リンク *[[Wikipedia英語版:Ramesses_VI]] !活用や検討 !!活用 *このページの記事を踏まえた、[[アイデア・フック]]、使ってみた[[シナリオ]]、セッション・レポ、などなど {{comment}} !!重要な改訂の情報 *内容に追加、変更があった場合のみ、でいいでしょう。{{br}}(誤字脱字の訂正や、文章を整える程度では記録不要) {{comment}} !!検討 *このページの記事内容についての質問、重要な疑問、改訂の要望など *検討の項は記名記入を推奨(無記名記入は、随時書換え対象になりえます) {{comment}}