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宇宙空母の開発

宇宙空間は実に広大である。
どのくらい広大かと言うと、討伐に出かけてから会敵するまで、数年かかる事もざらにあるほどだ。
無論、人間と言うのは、そんな長期間I=Dの中に閉じ込められて無事で居られるほど頑丈ではない。
肉体的にも、そして、精神的にも。
 
このため、宇宙空間では、戦域までI=D込みで人員を連れて行くための居住空間が必要になる。
そこで出番となるのが、宇宙空母である。
欠けることなく戦力を戦場に送り届け、最前線では指揮司令所兼整備所として機能する。
それは、死を運ぶ母鳥。それは、ただ一隻の軍隊。
 
とはいえ、通常、宇宙空母と言えば、輸送艦に申し訳程度の指揮能力を付加したものを、はったりも込めてそう呼ぶ程度のものだ。
だが、今回開発された宇宙空母は、違う。
最初から空母としての運用を前提にして開発された正規空母であり、戦場に赴くことを宿命付けられた艦である。
 
この艦最大の特徴は、その外見にある。
丸いのだ。しかも、表面は鏡面仕上げ。
ほぼ完全な真球であり、その表面にミラーコーティングが施されているそれは、まるで水銀の雫か、金属製の種、あるいは卵のようにも見える。
何も知らない者に見せても、十人が十人、それを宇宙空母だとは思うまい。
それどころか、宇宙船である事にさえ気づかれないかもしれない。
だがしかし、これこそが、真の宇宙空母のあるべき姿であり、次世代の宇宙空母のスタンダードとなるのだ……と開発者は胸を張った。
 
元来、軍隊とは、他の場所ではとても通らないであろう採算の度外視を、ある種の効率を追求することと引き換えに許容されうる組織だ。
この宇宙空母の場合、それは、スペースの確保と言う形で、行われた。
本来、宇宙船というものは可能な限り小さくなるように作られる。
地上から打ち上げる船は特に重量に気を使うが、例えそうでなくとも、質量の多寡はそのまま加速性能に直結するため、セオリー通りに作るなら出来る限り“軽く”するものだ。
だが、この宇宙空母では、あえてそのセオリーを踏みにじっている。
この横紙破りの意図は、宇宙空母の防御性能を最大にするためのものであり、そのため、戦闘指揮所は文字通りの意味で空母の中心部に存在する。
このことにより、360度、どの方位から攻撃をされても、戦闘指揮所は分厚い装甲で守られるのだ。
ミラーコーティングも、勿論防御のためのものであり、宇宙空間におけるI=Dなどの主兵装……つまり、レーザーの威力を減衰させるために施されている。
装甲には、主に新開発の半液状金属が用いられている。
空母全体を、中心から同心円状に30層のエリアにわけ、そのうち、外側からかぞえて5層までと、4層毎に1層の割合(第9層、第13層、第17層……)で、半液状金属を注入してあるのだ。
この半液状金属は、急速に一点を熱せられると、対流することで破壊的な温度上昇を防ぎ、また、衝撃を受けると、急激に粘度を増すことで、その衝撃を受け止めるという性質をもっている。
まさに装甲にうってつけに新素材だが、開発されたのがつい最近であるため、これまで他の艦船で用いられることがなかった。
更に徹底したブロック構造を採り、また、燃料庫などの危険度の高いエリアは、いざと言う時には切り離して射出することで致命的な損傷を避けることが出来る。
なお、ダメージを受けたブロックに、前述の半液状金属を注ぎ、即席の装甲ブロックとして用いるという案もあるのだが、こちらはまだ実現されていない。
“半”液状金属の言葉の通り、常に水と同じように振舞うわけではない。
むしろ、常温ではゲルに近い振る舞いをするため、ブロック全体に流し込むのに時間がかかりすぎると言う判断からである。
とはいうものの、全体的に見て、装甲だけでなく、ダメージコントロールに関しても、極めて優れた艦であるといえる。
 
空母に必須の電磁カタパルトは、展開式可変カタパルトを採用。
30基のカタパルトは、展開を完了するまで数秒を要するものの、固定式のものに比べ、格段に広い範囲への射出が可能であり、また、通常機動時は空母内に収納しておくことで、レーダーによるや光学的な探査をされる際の隠密性を高めることに成功している。
元々ミラーコーティングされていることもあって、このサイズの物体としては、やたらと高い隠密性を誇るのだが、カタパルトという分りやすい突起物が存在しないことで、更に宇宙の闇に紛れ込みやすくなっている。
また、カタパルトを展開するまでは、開口部が存在しないため、総合的な防御能力も向上している。
 
センサー系は、大型の艦らしく充実している。
まあ、こちらの攻撃手段が搭載している兵器群に依存している以上、先んじて相手を発見できなければ話にならない。
部隊の展開が相手より遅れれば、一方的な袋叩きにあう危険性さえある。
逆に言えば、先んじて部隊を展開して、急襲できれば、袋叩きにする事も可能なのだ。
電探や、光学センサーの充実は、ごく当然の成り行きともいえた。
また、収集した膨大な情報を処理するための情報処理系も、船体の大きさを十二分に利用した、極めて強力かつ大型の物が使用されている。
並列化された大型量子コンピュータを主とするこの情報処理系は、宇宙空母を中心とした艦隊全体の情報処理を賄うどころか、確実に三個艦隊は賄えるであろう過剰なまでの能力が与えられている。
これは、宇宙空母を複数隻使用するような大規模会戦の際、他の宇宙空母が撃沈された場合、指揮を肩代わりできるよう設計されているためだ。
この辺りの贅沢な仕様も、I=Dや、他の艦船に比べて、大きくスペースを取れる宇宙空母ならではと言える。
 
さて、ここまで見ると、良いこと尽くめに見える宇宙空母だが、一つ、欠点がある。
この艦には、単体での航行能力がない。
いや、全くないというわけではなく、ソーラーセイルを装備しているのだが、それはあくまでも緊急避難的に減速の為に使用するものであって、常時使うものではない。
では、どうやって移動するのかといえば、二基の牽引ユニットをカタパルトから射出し、それによって戦域まで牽引されていくのだ。
牽引ユニットのエンジンは、ブラックホールジェットエンジンを使用。
これは、パルサーなどで見られる宇宙ジェット現象を推進力として利用するエンジンで、最大速度は光速の27%ほどであるとされるが、小惑星に匹敵する大きさの宇宙空母を牽引しながらでは、15%が限界であるらしい。
戦域まで牽引すると言っても、ずっと出しっぱなしというわけではなく、加速が付いた後に、ユニットは回収され、格納庫に収容される。
実に大雑把な航行方法だが、速度は兎も角、細かな機動を求められない宇宙空母ならでは割り切りと言えるだろう。
まあ、避けたり当てたりというのは、空母の仕事ではないのだ。
 
開発された宇宙空母を指し、これは種だと、ある開発者は語った。
敵地に根付き、死という花を咲かせる種だ、と。
 
宇宙の闇の底で、やがて大輪の花を咲かせることだろう。

更新日時:2008/05/29 04:04:38
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