巨大であるいう事は、それだけである種の威厳を対象物に与えるものだ。{{br}} 例えば、今、目の前で鎮座まします大型I=Dのように。{{br}}  {{br}} そのI=Dは遠目からは人形のように見えた。{{br}}  {{br}} センサーと通信系、そしてメインシステムが集中した頭部は通常のI=Dの基準から見ると不釣合いなほどに大きい。{{br}} 頭部を覆う髪の毛に見えるのは、数千本のフレキシブルアームで、その一本一本の先端にデブリ避けの小型レーザーを装備している。{{br}} この小型レーザーは半自動的に付近を漂うデブリに反応するようになっており、この手の大型機にありがちな操縦者の負担を軽減のに一役買っている。{{br}} とはいえ、髪の毛(?)がちょんと跳ね上がってデブリを破壊する様は、何処か起き抜けの寝癖顔のようにも見え、少々マヌケと言えばマヌケといわざるを得ない。{{br}} また、先端の小型レーザーをレーザー通信に使用することも可能であり、全方位・複数対象に向けて通信・指揮をすることが可能となっている。{{br}} この特徴的なデザインには、特にデリケートなセンサー部分を保護する意味合いもあるにはあるが、むしろ開発者の趣味によるところが大らしい。{{br}} たしかに頭部は、ショートボブの少女を模したようにも見えた。{{br}}  {{br}} 頭部に比べてすっきりとしたデザインの胸部には、コックピットブロックとサブシステムが収納されている。{{br}} サブシステムは副脳とも言うべきものであり、メインとサブの二系統を備えることで、システム全体の処理速度を向上させるのみならず、万が一頭部が破壊されても、帰還するために必要な航宙能力を維持できるだけの冗長性を確保していた。{{br}} メイン・サブシステムの詳細なスペックは機密として明らかにされていないが、両者の相乗効果により、宇宙空母のそれの数倍に達すると言う情報もあり、この大型I=Dがまさに前線で戦える指揮所としての能力を備えていることは、ほぼ間違いがない。{{br}}  {{br}} メイン火器は長大なレーザー砲で、移動時は邪魔にならないように背部にマウントされ、戦闘時には肩に担ぐような格好で運用される。{{br}} 後述するジェネレータの有り余る出力を存分に生かしたこのレーザーの、カタログデータにおける砲戦距離は実に25000km。{{br}} さすがにこの距離で実際に戦えるわけではなく、二機用意した上で、片方が観測に専念すればという条件付ではあるものの、破格の射程距離だといえる。{{br}}  {{br}} レーザー砲の大出力に反比例するように、腕部マニュピレータは繊細で華奢な作りになっているが、これは、白兵戦闘よりも、とある精密作業を主眼において設計されているためである。{{br}} とは言うものの、大砲だけ積んでいれば安心と言うわけにも行かず、念の為に超硬度大太刀を標準装備していた。{{br}} 念のためと言うだけあって、本当に気休め程度の威力しか期待できず、パイロットマニュアルでは、切り結んだ一瞬の隙に、デブリ排除用の小型レーザーで敵のセンサー部を焼く事が強く推奨されてた。{{br}}  {{br}} 脚部は排除され、本来脚があるべき部分が、大きく膨らんだスカートのように広がっており、ここには本機体の最も大きな特徴であるブラックホールエンジン(以下BHエンジン)が格納されている。{{br}} ステイシスフィールドに蓄えられたマイクロブラックホールを、蒸発させることで発生するホーキング輻射のエネルギーを転用するBHエンジンは、文字通りの意味で桁違いの出力を誇るものの、あまりにも不安定であり、また、運用するために必要なコストが膨大であるため、今までは搭載が見送られてきた。{{br}} だが、帝國の象徴となるI=Dたるべく開発の始まった本機体に採算という言葉は存在せず、ビックリするほど性能が向上するからこれで良いよね? の合言葉の元に、BHエンジンの信頼性向上が計られ、他の開発チームの唖然と経理部の憤然をよそに、とうとう実践投入可能なBHエンジンの開発し、搭載することに成功したのである。{{br}}  {{br}} 巨大な機体であり、また出力の相当部分を主兵装のレーザー砲へ回しているにも拘らず、本機体の機動性、加速性能、更には継戦能力は群を抜いており、その気になれば、単機で恒星間移動が可能であると言われている。{{br}} 火力と高機動力の高いレベルでの融合はBHエンジンの馬鹿馬鹿しいまでの出力に拠るところが大だが、BHエンジンの搭載によって、得られたものは破格の大出力だけではなかった。{{br}} 帝國初の拠点惑星攻撃兵器――マイクロブラックホール投射装置がそれである。{{br}}  {{br}} 本機体の両腕が華奢なのは、何も少女メカというスタイルの遵守のためだけではない。{{br}} それぞれの腕の内側から掌に当たる部分には強力な磁界発生装置が備え付けられており、両腕を向かい合わせて磁界を励起することで、リニアバレルを形成する事が出来るようになっている。{{br}} このリニアバレルを用いて、胸部からBHエンジン用のマイクロブラックホールを投射、目標を破壊することができるのだ。{{br}} 磁界発生装置の起動シークエンスと、リニアバレル形成のために両腕・掌を合わせる姿が、まるで祈りを捧げるかのように見えるため、マイクロブラックホール投射装置の通称を乙女の祈りという。{{br}} 死にいくものの安らぎを祈る、乙女の祈り――開発者の(やや)悪趣味な皮肉というわけだ。{{br}} この兵装の関係上、マイクロブラックホールの影響から磁場で保護できる範囲にをおさめる必要があり、また、磁界発生装置に容積を取られるため、どうしても両腕は華奢に、そして非力にせざるを得なかった。{{br}} だが、接近戦能力を半ば犠牲にして手に入れたマイクロブラックホール射出機能は、空間戦闘では光速の数%という弾速の遅さゆえに役に立たないものの、敵拠点惑星の爆撃用と考えた場合、単体ではこれ以上の威力を発揮する兵装は存在しないといっても過言ではない、極めて強力なものだった。{{br}}  {{br}} 単純な質量兵器としての威力はさほどではない。{{br}} だが、マイクロブラックホールは蒸発する際に膨大な熱とγ線バーストを発生させる。{{br}} この熱量とγ線バーストを、兵器として利用するのである。{{br}} 単純といえば単純だが、それだけに威力は凄まじく、マイクロブラックホールが一つ蒸発する際に放射される熱量は、核ミサイル数発〜十数発に相当し、複数の都市を文字通りの意味で地表上から消滅させることも可能である。{{br}} それどころか、蒸発する位置を惑星中央核近くに調整することで、惑星そのものを破壊することも可能であるとされ、天領共和国軍に対する抑止力となりうるのではないかと期待されている。{{br}}  {{br}} 全体としてみると、40m近い大きさのお人形のようにしか見えない本機体だが、優しげな外見とは裏腹に、その本質はあまねく空間に死を撒き散らす死神に他ならない。{{br}} それは、幾千幾万の同胞を率いて宇宙を征く先駆けして、私心なき剣の切っ先。苛烈な意志を以ってのみ振るわれる、あまりにも強大な力。{{br}} それをヒロイックと呼ばずして、なんと呼ぼう?{{br}} まさに、帝國の象徴と呼ぶに相応しい機体と言える。{{br}}