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退魔の番犬

L:退魔の番犬 = {
 t:名称 = 退魔の番犬(犬士専用職業)
 t:要点 = 犬,小さくかわいい,たまに化ける
 t:周辺環境 = 迷宮
 自らの来し方を歴史と称して綴るようになるよりも早く、犬と人は共に在った。
 現在よりも、はるかに夜の闇が濃く、深かったあの頃。
 人間の脳髄が闇の向こう側に透かし見る恐怖が、洒落や冗談では済まなかったあの時代。
 夜の安らぎを守るのは、いつだって嗅覚と聴覚に優れた犬の役目だった。

迷宮案内犬設定文章より
 その犬は、迷宮案内犬というには、あまりにも小さすぎた。
 白目の見えない黒目がちな瞳、ふわふわの体毛。
 軽やかと言えば聞こえはいいが、重厚さを欠片も感じさせない体格。
 ポメラニアンの標準体型と比べると、少々鼻づらが突き出ているが、私はむしろこの方
が好みだ。犬はどこかに狼の面影を残していた方が可愛いと思う。
 それは、私の相棒は、軽く小さく可愛く、愛玩犬として誰かの膝に収まっている方が、
ずっと相応しい犬だった。
 正直、今でもたまに不思議に思う。
 私の相棒が、どうやって辛く厳しいと噂の迷宮案内犬の基礎訓練を潜り抜けたのか。そ
して、いかなる間違いの結果、私のバディ候補として選抜された一匹の中に潜り込む羽目
になったのかと。

 案の定というべき、泣きたくなるほど私の相棒は迷宮案内犬には向いていなかった。
 苦労ももちろん、売れるほどした。
 まず第一に体格に劣り非力であるため、重量物の運搬はすべて私の受け持ちだった。
 当然、戦闘能力も低い。
 対敵は慎重の上にも慎重に行い、少しでも不安要素がある時は、監視と追跡に留め、決
してこちらから攻撃は仕掛けない。
 おかげで、私の隠密と斥候のスキルは隊内有数であると自負できるまで成長した。
 ささやかな利点というべきか。
 利点というならば他にもある。まず身体が小さく軽いため、隠密行動には向いている。
 さらに言えば、敏捷性は中々のもので、閉鎖環境である迷宮内への適応性は高い。
 とはいえ、そもそも犬は四足歩行という時点で、人間よりも迷宮を歩くことに長けてい
るのだ。さほど大したアドバンテージとは言えない。
 ……え? なんでそんな犬を相棒に選んだのかって?
 う、うるさいなー、良いじゃない、もう……え、言わなきゃだめ? 絶対? パス1とか
なし?
 ……目……目が合っちゃったんだもの、仕方ないでしょっ!
 こう、ウルウルっとした目で、こっちじーっと見てるんだものっ!
 もうその時点でね、あの子以外の選択肢? ないね!
 何かの奇跡が起きて、もう一度あの瞬間に戻れるとしても!
 今までの苦労を、もう一回繰り返すことになると分かっていても!
 私は! 何度でも! 必ずあの子をまた選ぶわ!!

以降、インタビュイーが興奮していかに相棒が可愛らしいかを力説し始めたため、省略。
 その日、私は迷宮で道に迷った。
 大変控え目に言って、きわめて由々しい事態だった。
 
 迷宮巡視員と迷宮案内犬の名は伊達でも酔狂でもない。
 私たちにとって、迷宮は自分の庭も同然の場所だ。
 迷宮巡視員の名を冠する以上、迷宮巡視員が迷宮で迷うことはあり得ない。
 迷宮案内犬もまた、然り。

 にもかかわらず、予定時刻を大幅に過ぎても、まだ仲間との合流予定地に辿りつけない。
 由々しい事態であり、また異常な事態だった。
 これが意味することは、つまり――何者かによる、不可知の妨害。

 携帯しているショットガンのセイフティを外し、ゲオルグ号にハンドサインで警戒する
ように伝える。
 小なりとはいえ、ゲオルグ号も迷宮案内犬だ。
 敵を察知する感覚にかけては、私よりもはるかに鋭い。
 敵が私たちをこうしてトラップしている以上、先手を取るのは不可能に近いだろうが、
奇襲を受ける危険性は、これで相当に低くなるはず。
 警戒を厳にし、慎重に、しかし素早く移動を繰り返す。
 惑わされていることに気付いた時点で移動を停止し、相手の出方を見るという選択肢も
考えたが、しかし、遮蔽もない通路はあまりにも危険すぎた。
 光源を最小限に絞り、影と闇を縫うようにして走り抜ける。
 音が、匂いが、識閾値下の雑多な感覚情報が、視覚に頼ることなく私にゲオルグ号の位
置を教えてくれる。
 私の意を汲んで、やや左後方の位置を、遅れることなく着いてきている。
 言葉を必要としない相棒の存在に、私は一瞬、安堵をおぼえた。

 その時だった。
 突然、光源にしていたヘッドライトの光が揺らめいたかと思うと、唐突に消えた。
 半ば以上反射的に、私は飛び込むようにしてうつ伏せに倒れこむと、合わせるべき焦点
さえ定かではない無明の闇に向けて銃口を跳ね上げる。
 反動に備えて、膝の下に力を込める。
 ショットガンを構えながら、慎重にもう片方の手で予備の光源のスイッチをひねる。
 点かない。
 グリップを握る手がじっとりと汗ばむのを感じる。
 比喩でもなんでもなく、光一つない地下の闇はただの闇ではない。
 迷宮のそこかしこに淀むそれは、人間の根源的な感情を否が応にも揺さぶりたてる。
 瞼の裏の闇が人に夢を見せるように、迷宮の闇は人の恐怖を映し出す。

 闇の向こうに、間違いなく何かがいるのだ。
 これは妄想でも何でもない
 だが、闇の向こうに、“何が”いるのか。
 それについて考える時、恐怖が蛇のように私の心の脆い部分に食らいつく。
 目を閉じ、耳を塞ぎ、膝を抱えて何もかも放棄してしまいたい誘惑に駆られる。
 立ち上がって走り出せ。ショットガンの散弾をばら撒きながら、闇に向かって突撃しろ
と、私の中の捨て鉢な部分が囁きかける。
 
 心臓の脈動が全身を揺らす。
 呼気の音が、やたらと耳に障る。
 落ち着け落ち着け落ち着け。
 ハンドラーの動揺はバディに感染する。
 食いしばった歯の隙間から、ゆっくりと息を吸い、吸った以上の時間をかけて吐き出す。
 熱い液体が頬を濡らした。
 今の私には、それが涙なのか、血なのか判別する術すらがない。
 頬を濡らし、床に零れるそれを拭うことすら叶わず、私は闇を睨み続ける。

 光に圧力があるように、闇にもまた密度とでもいうべきものがあるのだと思う。
 藩国の地下深く、迷宮の闇を経験した人間ならば、誰しもが、闇とは単なる光の欠如を
意味する現象ではないと言うだろう。

 あの日あの時、私が銃口を向ける先で、闇は音もなく、しかし確かに密度を増した。
 私は、論理によらぬ直感を以て確信する。もうすぐ、あの闇の向こうで何かが起きる。
 何が起きるかは分からないが、その何かが起きた時、私は、自分がこの闇の中で死ぬの
だと悟った。
 目の前の闇から逃げ出したくて、力一杯、目を瞑ったのだと思う。
 しかし、閉じた瞼の裏に見えるのも、結局は同じ闇だ。
 絶望が私の思考を灼き尽くす。
 耳元で、ショットガンの銃口を、自分自身に向けて引き金を引くのが、救われる一番の
近道だと、私の振りをした何者かが囁いた気がした。

 それでもなお、と抗う声がする。
 それでもなお、私は諦めるわけにはいかない。
 なぜならば……なぜならば、私は迷宮案内犬ゲオルグ号のバディだからだ。
 あの子に恥じぬバディであり続けるためにも、私は絶対に諦めない。


 その時、闇の向こう側の何者かが、身じろぎをした……ように思う。
 少なくとも、困惑とも恐れともつかない感情が、闇を通して伝わってくるのが分かった。
 何があったのかと訝しむ間もなく、ずしりと重い足音は、ゲオルグ号がいるはずの場所
から聞こえた。
 低く、地を震わせる唸り声が、大地を通して私の身体を振動させる。
 思わず、私は振り向いた。
 闇が視界を覆い尽くしている。何も見えるはずがない。
 だが、見えなくとも分かること、伝わることは決して少なくはない。
 迷宮巡視員と、案内犬の間であれば、なおさらのことだ。
 そこには確かに何かが……否、ゲオルグ号がいた。
 勿論、私にもわかっている。
 ゲオルグ号は小型犬だ。あんな足音をたてられるはずがないし、あんなに低く唸ること
もできない。
 いや、そもそも私の感覚が確かであるならば、あの時あの場にいた何物かは、犬という
生物の規格から大きく逸脱した巨大生物であるはずだ。
 だがしかし、あの時の私は、何の躊躇いもなくそれがゲオルグ号であることを信じた…
…実を言えば、今この時もそうであったと信じている。

 光に圧力があるように、闇にもまた密度とでもいうべきものがあるのだと思う。
 一つ、足音が響くたびに、唸り声が近づくたびに、私を覆う闇の密度が薄れていく。
 闇が、ただの闇へと書き換えられていく。
 足音は私のすぐ横で止まった。
 薄く引き伸ばされた闇の向こう側に、凄まじい熱量を秘めた肉体が呼吸していることを
肌で感覚する。
 ゲオルグ号が大きく息を吸った。
 一瞬の沈黙ののち、闇に向かって、咆哮する。
 音の壁を叩きつけられたような衝撃に、私の意識はあっさりと途絶えた。


 気がつけば、いつものゲオルグ号が私の頬を、その小さな舌で舐めていた。
 そのくすぐったい感触で、私の意識は覚醒する。
 ヘッドライトの光は爛々とあたりを照らし、私はそこが合流地点にほど近い広場である
事に気付いた。
 私はぼんやりとゲオルグ号の喉の下を撫でながら、何があったのか、記憶を反芻する。
 ゲオルグ号を抱き上げると、その潤んだ黒目がちな瞳を覗き込んだ。
 やはり何度見てもいつも通りのゲオルグ号だ。

「助けてくれたの?」

 そう問いかけても、答えは返ってこない。
 私の腕の中で、ゲオルグ号は無邪気に尻尾を振っているだけだ。
 その姿を見て、私は何となく笑ってしまう。
 そして、自分自身の笑い声とともに、何となく納得してしまった。
 ゲオルグ号にも何か事情があって、たまに化けることを隠しているのだと。
 だがそれは、決して後ろ暗い事情ではないはずだ。
 何しろ、私のバディなのだから。
 伝えるべき日が来れば、きっと教えてくれるだろう。
 それまで待っても、決して遅くはない。

「いつか私にも、君が何者なのか教えてね、相棒」

 私の小さな相棒は、わんと大きく一声鳴いた。
 広場に響いたその声が、闇を少し吹き払った気がした。
 我ら番犬。猟犬に非ず。

 今から語ることは、全てお伽噺であり、貴方が信じる必要は何一つない。

 後ほねっこ男爵領に、王犬社という神社がある。
 総檜造りの純和風社殿建築で、ごく平均的な北国である後ほねっこ男爵領では、いささ
かならず異彩を放っているものの、藩国民からの信仰は篤く、参拝客が途絶えることはな
い。
 その王犬社に、いつの頃からか囁かれるある噂があった。
 月のない夜、子犬が王犬社にお参りに来るというのだ。

 祈りは、何も人間だけのものではない。
 祈りという言葉を、不確定な事象の成否を無形の存在に対してこいねがう行為と定義す
るのであれば、ある意味、生きるという事の本質は、祈りに他ならない。
 自分自身の生存が、種の継続に繋がることをこいねがい、生きとし生けるものは、全て
祈り続けているのである。
 それはここ、後ほねっこ男爵領でも変わることはない。


 かみさま、かみさま。
 このよならぬどこかにいらっしゃる、いぬのかみさま。

 自らの無力を嘆く子犬がいる。

 ぼくのからだはちいさく、きばはするどくありません。
 ぼくのかぞくは、それでいいといってくれます。
 こんなぼくをあいしてくれます。
 ぼくはしあわせなのだとおもいます。
 けれども、けれども。
 ぼくはほこりたかきおおかみのすえにして、ひとをともとしていきることをえらんだか
しこきいぬのいちぞくのいっぴきなのです。
 ただまもられ、いつくしまれるだけのいきかた。
 ただしあわせであることにまんぞくするいきかた。
 ぼくのなかにながれるいぬのちが、それははじだとささやくのです。

 かみさま、いぬのかみさま。
 せかいのはてではりがおちたおともききのがさないというそのみみで、このこえをきき
とどけてくれたのなら、どうかぼくに、ぼくのたいせつなかぞくをまもるだけのちからを
ください。 


 神様、神様。
 この世ならぬどこかにあらせられる、犬の神様。

 微睡の中で来し方を振り返る老犬がいる。

 私も随分歳をとりました。
 誰よりも早く雪原を駆け抜けた脚はもうすっかり萎え、あれほど鋭かった牙も全て抜け
てしまいました。
 両手では数え切れないほどの子が育ち、この老いぼれの霞がかった頭では覚えきれない
ほどの孫が生まれ、今や孫の子が、孫の子の子が、この邦を走り回っています。
 必要とされる時に生まれ、為すべきことを為し、今、家族に囲まれて、静かに生涯を終
えようとしています。
 幸せな一生でした。満足すべきなのだと思います。
 けれど。だけれども。
 私は誇り高き狼の裔にして、人を友として生きることを選んだ賢き犬の一族の一員。
 その血が、叫ぶのです。
 お前には、まだ出来ることがあると。お前の力には、まだ使い道があると。

 神様、犬の神様。
 三界の全ての嘘と真を嗅ぎ分けるというその鼻が、この願いの真を嗅ぎつけたならば、
どうかこの老いぼれの力を、この邦とこの邦に暮らす生き物を守るためにお使いください。


 神様、神様。
 この世ならぬどこかにいるという、犬の神様。

 暗闇の中で、今を戦う犬がいる。

 俺の牙は鋭く、駆ける速さは雷鳴にも劣らない。
 バディは優秀で、彼とともにあるならば、俺は深迷宮の闇とて恐れるものではないし、
それはバディも同じこと。
 任された務めがあり、頼もしい戦友に囲まれ、信頼する相棒と共に戦う。
 誇り高き狼の裔にして、人を友として生きることを選んだ賢き犬の一族の中で、俺ほ
ど幸せなものは、そうはいまい。
 しかし。だがしかし。
 牙で切り裂くことも、爪で捕えることも出来ない、何かがいる。
 だから、お前では足りないと。
 お前が強くなるために歩んだ道のりの半ばで、零れ落ちた何かが必要だと。
 俺の血が 吠えるのだ。

 神様、犬の神様。
 この世のあらゆる悪を祓い清めるというその吠え声で、俺の憂いを吹き飛ばしてくれ。
 その咆哮の加護をもって、この邦を守ってくれ。


 犬がいる。
 生まれたばかりの子犬が、寝ている時間の方が長くなった老犬が、走り回るのが楽しく
て仕方のない若い犬が、巡視員と共に迷宮を歩く案内犬が、死の床に就く病気の犬が、兄
弟を相手に母の乳を取り合う幼犬が、パートナーの手を引く盲導犬が、出産を待つ母犬が、
主人と散歩をする犬が、今起きたばかりの犬が、そろそろ眠りそうな犬が、まだ生まれて
いない犬が、すでに黄泉路へと旅立った犬がいる。

 この邦の、人と共に生きる全ての犬たちが祈っている。
 こいねがうは、宵闇の中で輝く、夜を照らす星の光。
 月光に及ばずとも、己が力で光り輝く一つ星。
 犬に生まれ、犬を超え、それでも尚、人の傍に侍る事を選んだただの小犬。
 不可視の牙も、破邪の咆哮も、全てはただ守るためだけのもの。

 退魔の番犬。


 その王犬社に、いつの頃からか囁かれるある噂があった。
 月のない夜、子犬が王犬社にお参りに来るというのだ。

 今まで語った事は、全てお伽噺であり、貴方が信じる必要は何一つない。

恒例の裏話

ある日の会話

ユーラ:「退魔の番犬は化けなくても強いと思うんですよ」
深夜:「なんでですか?」
いも子:「小さくてかわいいからですねっ><」
瑛の南天:「なるほど!たしかに!」
ユーラ:「ほねっこのわんこのらぶりーさの前では病気も悪夢も怖くない!(><)」
たらすじ:「らぶりーはせいぎですなw」
瑛の南天:「なんというほねっこ論…w」
ユーラ:「おうちにかわいいわんこがいれば、いやなことも吹き飛びます(`・ω・´)」
瑛の南天:「わー、すごい納得してしまった。しかし納得した自分はどうなのかと」
ヤサト:「かわいいは正義です」
いも子:「わんこ…(*´∇`*)」
深夜:「(みんなの勢いが止まらない……!)」

結論:どっちかといえば人間側の問題の気がしました。

更新日時:2010/06/11 00:13:41
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