新規作成  ソース  後ほねっこ男爵領  ページ一覧  検索  更新履歴  RSS  ログイン

〜バナナ26万7千tでナスカの地上絵を描く方法〜

「一房のバナナには、幾つもの可能性がある。
 つまり、二十六万七千屯のバナナには、無限の可能性がある」
 
ドール・T・デルモンテ博士の言葉
 
 
さて、26万7千tのバナナがあると思っていただきたい。
膨大な量のバナナである。
貴方はこれで、ナスカの地上絵を描かなければならない。
 
26万7千t。
改めて言おう。膨大な量である。
平均的なフィリピンバナナが一房700gほどである事を考えると、およそ3億8千万房。
平成18年の日本におけるバナナの年間輸入数量が、およそ105万tである事を考えると、 その五分の一を優に超える計算になる。
その年のバナナの輸入総額が656億円であることから、貨幣価値にして170億円弱。
もし仮に、全てのバナナが日本にあり、全てのバナナを売却する事に成功したなら、 例え捨て値の半額で売りさばいたとしても、80億円以上の利益を稼ぐ事が出来る。
 
では、その80億円で、ナスカの地上絵を描けるのかと言えば、無論、そんな事は不可能に近い。
まず第一に、80億円という利益からして、眉唾である。
一年で消費する量の五分の一以上の量を、一度に卸しきれるの?
そもそも、バナナが傷む前に全てを売却する事など可能なのか?
仮に可能だったとしても、値崩れをおこしはしないか?
他の輸入卸業者から介入、或いは妨害されたらどうするのか?
 
そして、その全てを突破したとしても、果たして80億円は、 ナスカの地上絵を描くに十分な金額であるのかという問題が立ちはだかる。
確かに、26万7千tという数字と同じように、80億円という数字も、 個人が扱う額としては、膨大としか言いようがない数字だ。
普通に生活している分には、文字通りの意味で一生かかっても使い切ることは出来ない。
だが、巨大なプロジェクトの運営資金として見たとき、80億円という数字は決して大きな数字とはいえない。
 
さて、少々話は変わるが、ナスカの地上絵の構造は意外に簡単なものだ。
成層圏からも見えるというあの線の一本一本は、1〜2mほどの幅で、20〜30cmほどの深さまで地面を掘ってあるに過ぎない。
地表面の極めて浅い部分だけが、酸化した暗赤褐色の岩石が覆われている、ナスカ高原ならではの描画方法だと言えるのだが、本当にただそれだけなので、一年も経てば消えてしまいそうに思える。
実際、日本の何処かにこの方法で地上絵を描いた場合、三ヶ月ももてば奇跡だろう。
だが、ナスカ高原は、一年を通して雨がほとんど降らず、また、暗赤褐色の大地が空気を暖めるため、強風が地表面を撫ぜる事も少ない。
これらの地理的な要因が、1300年〜2000年以上に渡り、ナスカの地上絵のの威容を守ってきたのだ。
 
以上のように、ナスカの地上絵の成立に、ナスカ高原という環境の特殊性が大きく関わっている。
そのため、地上絵は、ナスカ高原で描くか、そうでなければ、ナスカ高原の環境を再現した場所で描く必要があることがお分りいただけるだろう。
とはいえ、ナスカ高原で描く場合、世界遺産登録基準にある保全規定との兼ね合いという問題があり、新たに巨大な地上絵を描く許可が降りることはまずないだろう。
これは金額云々でどうにかなる問題ではない。
そのため、ナスカ高原の環境を再現する必要性が出てくる。
 
割合にどうにもならない長期保存性性には目をつぶろう。
ナスカの地上絵と同じように、1000年以上先の遠未来で語り草になろうという大それた望みを捨てれば、だいぶ事は単純になる。
だがそれでも、作業中の利便を考え、雨風の少ない穏やかなで平坦な土地の選定、 画材となる暗赤褐色の岩石の輸送、それを敷詰め、地上絵を描くためのマンパワーの調達……etc。
必要な要素を数え上げるだけでも、あっという間に80億円では心許なくなっていく。
 
このように、単純にバナナ26万7千tを現金へと変換するだけでは、ナスカの地上絵を描くことは難しいのだ。
 
では、どうすればいいのだろうか。
そんな迷える貴方に、我々は、ある一つの方法を提案する。
その方法とは、すなわち、バナナ相転移エンジンの使用である。
 
ご存知ない方のために説明すると、バナナ相転移エンジンとは、今までの常識を打ち破る、全く新しい方法のエネルギー発生機関である。
例えばここに銀座千疋屋販売一房1500円(二本で250円)の高位のバナナがあるとする。
これを百円ショップで売っている一房600円(二本で100円)の低位のバナナに相転移させると、900円分の仕事量が発生する。
これは、日本国内の繁華街にあるファーストフード店で一時間こき使われる仕事量とほぼ同値であり、 これだけのエネルギーをバナナ一房から抽出する事が出来るバナナ相転移エンジンが、 極めて優秀かつ効率的なエンジンである事がお分かり頂けることと思う。
ちなみに、26万7千tのバナナを一度に相転移させる事によって得られる仕事量は、実に3420億円に相当する。
さらに一度に大量の仕事量を発生させるだけでなく、国産島バナナ→台湾産モンキーバナナ→フィリピン産ジャイアントキャキャベンディッシュ→バナナの皮などのように、 段階的に相転移を繰り返す事で、連続してエネルギーを取り出す事も可能であり、長期的な使用にも耐えうる。
 
これだけでも十分瞠目に値するが、バナナ相転移エンジンの真価はこんなものではない。
つい先日、量子バナナ学の権威、ドール・T・デルモンテ博士が発表した論文によれば、 バナナ相転移エンジンは、擬似的な永久機関となる可能性を秘めているのだという。
 
貴方は、バナナが、摘果された後も熟すという事をご存知だろうか?
例えば、日本に輸入されるバナナは、防疫の関係上、まだ果実が青い内に摘まれ、コンテナの中で熟す事になる。
この過程を追熟というのだが、デルモンテ博士はバナナのこの性質に目をつけた。
通常、高位のバナナ→低位のバナナと相転移する際、バナナの種類や産地、言い換えれば品質や希少性が変化する。
ところが、博士は、品質は全く同じだが、熟成の度合いだけが違う青い果実に相転移させる事に成功したのである。
 
つまり、バナナ→相転移→(仕事量の発生)→青いバナナ→追熟→バナナ→相転移→青いバナナ→……
バナナにこのような循環をさせることで、理論上、ある一定の仕事量を永久に得続ける事が出来る。
バナナによる擬似永久機関の完成である。
一見、熱力学第一、第二法則に反しているようだが、博士によれば、この膨大な量の仕事量は、時間経過によってバナナに蓄えられた時間エネルギーが変換されることで発生しているのだという。
縦・横・高さの三軸からなる三次元では本来利用し得ない、第四の次元構成要素たる時間軸の移動に伴うエネルギーを抽出しているというのだ。
それはつまり、バナナ相転移エンジンが、三次元よりも高い次元からエネルギーをくみ出していることを意味している。
これにより、今まで謎とされていた、バナナ相転移エンジンが発生させる仕事が何に由来するのか――果たしてハローワークから得ているのか、それとも求人情報雑誌からなのか、 そして、バナナはおやつ300円に含まれるのか――という、長年の論争に決着がつく可能性が高い。
デルモンテ博士の発見は、革新的なエネルギー発生機関の誕生というだけでなく、量子バナナ学の理論的発展にも大きく寄与することになりそうだ。
 
ただ、現状では、使用する機材の精度や、熟成の見極め、天候、温度、湿度、星辰の位置、つまみ食い、賄賂、天使の分け前、いあいあはすたぁなどの諸要素により、 相転移を繰り返すたびに、発生する仕事量が少しずつ減っているとの事だが、それも近々大幅に改善されるという。
というのも、バナナを相転移させる際に支払う賄賂の額を交渉中で、近い将来、現在の0.035%から0.02%へと賄賂が減額される見込みなのだ。
やがては窓口を廃し、賄賂を贈ることなく相転移を成功させる事が出来るだろうとデルモンテ博士は我々に語った。
 
以上のように、まだ完全とは言えないものの、バナナ相転移エンジンが、今まで地球上に存在した、如何なるエネルギー発生機関よりも効率的なものである事は間違いない。
そして、26万7千tのバナナがあれば、追熟にかかる時間を考え、全量を三分割しても、一日辺りに発生する仕事量は1000億円を越える。
デルモンテ博士の試算では、ギザの大ピラミッドの再現(スフィンクス付き)でさえ、一年に満たない期間で完遂するという。
ナスカの地上絵ならば、描く規模にもよるが、小さな物は三日ほどで完成すると思われる。
 
さあ、大量のバナナを抱えて、押し付けられた無理難題にお困りの貴方。
ここまで読んでくださった貴方なら、もう決して迷わないだろう。
バナナ相転移エンジンさえあれば、薔薇色に輝く未来が貴方を待っているのだから。
 
〜バナナ26万7千トンでナスカの地上絵を描く方法。
 または、わたしは如何にして心配するのをやめてバナナを愛するようになったか〜
 
fin
 
 
「……てな具合に、パパッと出来たりしないかなぁ」
 
「はいはい。ただでさえ暑いんだから、世迷いごとも程ほどにね」
 
シャベルを画材に突き立てる。掘る。
突き立てる。掘る。
突き立てる。掘る。
突き立てる。掘る。
画材は足元の赤黒い大地。
筆はこの諸腕。
 
結局のところ、80億円という金額は、誰がなんと言おうと、膨大な金額なのだ。
それだけあれば、いや、その八分の一でも、一人や二人は一生働かずとも食べていけるほどの。
それはつまり、70億円掛けて下準備をしても、残り10億でナスカの地上絵を描く人員を十分に確保できることを意味する。
そして、ナスカの地上絵というのは、最小のものであれば、50m×50mの範囲に収まってしまうのだ。
前述したように、ナスカの地上絵は、意外なほど手の掛かっていない作りになっており、土木工事としてみた場合、最小のものであれば、サッカーグラウンドの敷設ほどの規模で済んでしまう。
問題は如何にして地上からは目視出来ない地上絵を完成させるかだが、掘りの浅さから重機こそ使えないものの、GPSやコンピュータの支援を受けてきっちり測量をし、櫓を組むなり、ヘリコプターを飛ばすなりして上方から指揮すれば、それもさほど難しいことではない。
古代の大事業も、現代の技術力の前には、さしたる難事ではないのだ。
 
「……てなこと言えるのも、実際に腕動かしてないからだよねー。あつーい、おもーい」
 
「あとちょっとで完成なんだから、黙って手を動かせー!」
 
何処とも知れぬ夏の空に、絶叫がむなしく響く。
クモの絵の完成まで、あと数時間。
意義なく、意味なく、見る人とてなく。
割の良いバイト代に釣られて、あまりにも無意味な作業に従事する人々の耳に、ただただ酔狂の為に数十億の利益を全て費やした、悪魔のような物好きの高笑いが聞こえた気がした。
 
〜バナナ26万7千トンでナスカの地上絵を描く方法。
 あるいは案ずるよりも産むが易し。千里の道も一歩から〜
 
今度こそfin

更新日時:2008/05/16 21:46:43
キーワード:
参照:
このページは凍結されています。