ほねっこ男爵領 - WoldGuidance_old 差分
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!!ほねっこ男爵領の設定(滋賀時代)
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○ほねっこ男爵領概要
ほねっこ男爵領は、霊峰メッケ岳の麓に広がる鳴駒の湖に抱かれた、
水郷ほねっこ城市を中心とする、わんわん帝國の一藩国である。
北をメッケ岳、東西を山地に囲まれ、南方にのみ開けた地形は、
守るに易く攻めるに難いものとなっている。
このような地勢は諸藩国でも多く見られ、
このほねっこ男爵領もそのパターンを踏襲していると言えるだろう。
○農作地〜コロの里まで
開けた南部には小麦畑をはじめとする農作地が広がっている。
その農作地を鳴駒の湖から流れ出る清流が三つに分割し、
その流れを遡るように続くほねコロ街道を進むと、
ほねっこ男爵領の中心部へと進むこととなるのだが、
そこで旅人は必ず、河の傍に佇む時計塔を目にする事になる。
初夏から秋にかけて、兎角日の長いこの国では、
この時計塔の鐘の音が、農作地で働く人々の作業時間の目安になっている。
また、内部の機構を利用して、河の水を水路へ汲み上げる役目も担っているのだそうだ。
この時計塔は通称を『働き者の塔』と言う。
正に名は体を表すといったところだが、一つそれに関して面白い話がある。
この『働き者の塔』は、その時々で呼び名が変わるというのだ。
具体的には、その時藩国一の働き者だと皆が認める人物の名を関して呼ばれるそうだ。
当代の働き者は、財務尚書として帝國に出向した事もある『無量小路』とのこと。
故に、今この時計塔は『無量小路の塔』と呼び習わされている。
三椏の渡しを渡ると、コロの里に出る。
この辺りは、昔ながらの農家の佇まいや、
或いは農作業に使う道具を納めた納屋の連なる牧歌的な風景が暫く続く。
ほねっこ城市へと続く唯一の街道沿いにあるこの里は、妙に犬が多い事でも有名だ。
諸説あるが、その昔、街道を歩く旅人相手に商売していた茶屋に、
この里と同じコロという名の賢い看板犬がおり、そのお陰で茶屋は商売が繁盛したため、
それにあやかって今でも犬を飼う家が多いとか。
このコロに関しては、その賢さを讃える様々な逸話が残されている。
その一つに、冬のさなか、病に倒れた飼い主を救った、というものがある。
その話によると、コロは病に倒れた飼い主の助けるため、吹雪の中、街道を駆け上がり、
森を突き抜け、ほねっこ城市の医者の元に薬を受け取り向かい、
そして矢のような疾さで、飼い主の元に特効薬を届けたのだという。
この国唯一の街道が、『ほねっこ街道』ではなく、『ほねコロ街道』なのは、
このコロの忠勇を讃えてなのだとコロの里の住人は言うが、
それはさすがに贔屓の引き倒しというものだろう。
飼い犬が多いという事に関しては、もっと物騒な説もある。
街道沿いにあるこの里は敵の侵攻に一番早く晒される事になる。
故に平時より犬を飼い、変事のあった時は伝令犬として、ほねっこ城にいち早く情報を伝えたとか。
今でもこの話を真に受け、コロの里では軍用犬を育成しているのだという噂が絶えない。
もっとも政庁の犬耳書記官は、その噂を笑って否定するのが常なのだが。
○ほねっこ城市 市内の様子
コロの里を抜け、針葉樹の森を迂回すると、
帝國一の着陸難度を誇ると言われる七ツ斑飛行場が視界一面に開け、
それと同時にほねっこ城市が見えてくる。
ほねっこ城市は、鳴駒の湖から流れる河を背にし、
それ以外の三方を城壁に囲まれた城塞都市であると同時に、
河の流れを市中に引き込むことで、水路として活用している水郷都市でもある。
市内には、政庁、病院、劇場、商店街、学校など、生活に必要な施設は一通りそろっており、
また、冬季を見越して豪雪対策はしっかりと執られているため、生活の快適性は意外に高い。
とはいえ、この兎に角一箇所に集まろうとする性質は、
冬の行動範囲が非常に狭くなりがちな北国ならではといえる。
この性質が遺憾なく発揮されているのは、藩国立ほねっこ学園で、
幼稚部・小等部・中等部・高等部と一纏めになっている上に、
特に高等部には、普通科のほかに、藩国の基幹産業である農業を学ぶ農業科、
七つ斑飛行場の整備士・パイロットだけでなく、広くエンジニアを輩出する航空科、
星見司を育成する特別高等科、
清く正しいバトルメードとしてのあり方(ゆっくり歩くのがたしなみ)を教えるバトルメード科と、
実に多種多様な教育課程がある。
もっとも、これは講師の数が少なく、
複数の科を跨いで生徒を教えている講師の割合が多い事も一つの原因となっているのだが。
なお、ほねっこ学園には本校のほかに、航空科の実習を行うための七つ斑分校、
コロの里に暮らす児童が通うコロの里分校がある。
政庁を中心とするほねっこ城市のメインストリートはほねっこ銀座を呼ばれている。
かつて山で採れる宝石を、銀製装飾品として加工していた職人が軒を連ねていた場所で、
今でも、ほねっこ銀座といえば、高級宝飾品の代名詞となっているほどである。
例えば、ほねっこ男爵領の上流階級(これには夏、避暑に訪れる藩国外の人々も含まれる)
の御婦人方の間で、『ほねっこ銀座でしつらえていただく』といえば、
宝飾品を買いに行く事をさす、といった具合に。
また、こういった人々を目当てに、帝國の一流ブランドや高級レストラン、エステなどが、
熾烈な生存競争を繰り広げている。
一般庶民にはやや敷居の高い界隈ではあるが、休日などには精一杯おめかしして、
銀ブラと洒落込むカップルや夫婦の姿をよく目にする。
最近では、こういった層を目当てに、高級感を保ちつつも、
ややリーズナブルな値段を前面に打ち出した店も出店し始めている。
○鳴駒の湖とその伝説
ほねっこ城市の後背にはほねっこ男爵領の特色の一つである鳴駒の湖が悠々と広がっている。
その水清きこと、そして幸豊かな事で帝國有数と謳われる鳴駒の湖は、
メッケ岳と並ぶほねっこ男爵領民の誇りであり、そして、生命線である。
鳴駒の湖は、メッケ岳の雪解け水が流れ込むだけでなく、
湖底から豊富な水が湧出していると言われ、年間を通して、水量が変わる事はほぼない。
湧出していると言われ、と伝聞でしか紹介できないのには、実は理由がある。
この鳴駒の湖、実はまだ深さがどれだけあるのか分かっていないのだ。
伝承によれば、鳴駒の湖の底は竜宮に繋がっており、その先には海が広がっているのだという。
所謂、鳴駒竜宮伝説である。
鳴駒竜宮伝説には幾つかのバリエーションがあるが、今日は最も一般的な物を紹介したい。
かつて、ある男が鳴駒の湖の深さを知りたいと欲し、ある日とうとう鳴駒の湖に身を投じた。
遮二無二底を目指しもぐり続け、気がつけば、男は何処とも知れぬ洞窟に横たわっていた。
その洞窟にはこの世の者とは思えぬほど美しい一人の娘がいて、洞窟の奥からは眩い光が差していた。
男は娘に、ここは何処かと問うと、
娘は、ここは鳴駒の湖の底であり、この先は竜宮に、さらに海に続いているのだと言った。
それを聞いた男が立ち上がり、先に進もうとすると、
娘はここから先は人の身で進むべき場所ではないのだと止めた。
では、せめて底にたどり着いた証拠が欲しいと懇願する男に、娘は足元の石を差し出した。
証拠が欲しいと仰るのでしたら、この石を持ち帰って、真水に浸けて御覧なさい。
水の味が変わるから、と。
家に帰り着いた男は、早速桶の中に水を張って、その石を沈めた。
すると、話に違わず水の味は塩辛くなったという。
地質学的調査により、有史以前のほねっこ男爵領は温暖な気候であり、
鳴駒の湖の辺りまで海岸線が入り込んでいたという調査結果が出ている。
鳴駒竜宮伝説は、この温暖な頃の記憶を伝承という形で受け継いできたものと解釈されていた。
しかし、竜宮=先ほど発見された小笠原へと続くリンクゲートではないかという指摘もあり、
今後の調査・研究の成果が待たれている。
それはさておき、鳴駒の湖は近代以降、何度かダイバーによる調査が行われているが、
悉く失敗に終わった。
中でも十四年前の某帝大調査隊による調査では、
数名のダイバーが行方不明になるという大惨事になり、
以来、唯でさえ調査に非協力的だったほねっこ男爵領領民の間では、
鳴駒の湖の湖の調査は神の怒りに触れるとされ、禁忌に近い扱いとなっている。
近年、無人潜水艇による調査の計画が立案されているが、
地元の強い反対にあい廃案となっている背景には、こういった事情がある。
○姥ヶ森、王犬社
鳴駒の湖のほとりには、姥ヶ森が鬱蒼と生い茂っている。
姥ヶ森は古来より神域であると伝えられ、御留め地として手厚く保護されて今に至っている。
一説には、王犬のお散歩コースなどと言われているが、真偽は定かではない。
その姥ヶ森に、鳴駒の湖を間にして、相対するように建っているのが、王犬社の本宮である。
冬季や緊急時を除き、王犬は通常ここに起居しているとされているが、
市井の暮らしを知るという方便の下、ほねっこ城市内の離宮を使うことも多いらしい。
本宮は北方では珍しい総檜造の壮麗な神社建築様式に則って建築されており、
観光名所としても有名である。
王犬社は緩やかに隆起する丘陵地帯に抱かれるようにみえる。
地元住民は、この丘陵をさして、よく王犬社の裏山などというが、
実はこの裏山は王犬社の一部で聖域なのだそうだ。
丘陵それ自体、王犬社と切り離せるものではなく、二つ併せて神聖で貴いのだと。
近年の資料調査結果では、むしろ、神聖とされる場所に王犬社を建てたのだとされ、
有史以前の遺跡の存在が示唆されているものの、場所が場所だけに、中々調査が進まないらしい。
○霊峰メッケ岳 近年の発見
これらの各所を見下ろすように、ほねっこ男爵領の最北端にそびえるのが、霊峰メッケ岳である。
峻厳といって差し支えのない山並みは永く人を寄せ付けず、
100年ほど前に著名な登山家によって征服されるまで、未踏の処女地と思われていた。
しかし、近年、天文台を建設するにあたり、
建設予定地に祭祀場跡と思われる古代の遺跡が発掘され、考古学上の論争の的となっている。
この遺跡は公式にはメッケ岳遺跡第10号というが、巷間では星海(ほしみ)の遺跡と呼ばれている。
円形の舞台のようにも見える巨石を中心に、環状列石が周囲を囲むこの遺跡は、
古代の天体観測の場であるとか、山の神に生贄を捧げるための神殿であるなど諸説あるものの、
まだ決定的な学説は提示されていないのが現状である……いや、であった。
この状況に、一石を投じたのが、小笠原へ続くリンクゲートの発見である。
前述の鳴駒竜宮伝説にあるように、ゲートの存在を古代人が知っていたとするならば、
なぜ今になるまでゲートが再発見されなかったのかという指摘がある。
そこで導き出されるのが、ゲートが周期的に消滅・出現を繰り返しているとの説である。
星海の遺跡は、その周期を測るための天体観測場であるというのだ。
同時に、石舞台を囲む列石は、潮の干満を図る月齢に対応しているとし、
潮が干潮になり、尚且つ星辰の位置が正しい位置に定まった時だけ、
異世界との行き来をすることが出来たのだと。
そして、竜宮伝説を引き、異世界と行き来する事が出来るのは、
生き神として祀られた巫女だけだった……と続くのだが、これより先は、
想像による部分が多く、より詳細な研究が待たれる。
海が入り込んでいた頃には、波打ち際だったはずの姥ヶ森、
海と姥ヶ森を見下ろす位置にあった王犬社の裏山、
そして、メッケ岳第10号遺跡。
リンクゲートと海が繋ぐ、これらの旧跡は、今後如何なる事実を我々に示すのか。
各分野からの注目が集まっている。
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○ほねっこ男爵領の四季
ほねっこ男爵領の四季は北方諸国の例に漏れず春から始まる。
春の訪れを盛大に祝い、冬との再会が少しでも遅れる事を願って行われる春の祝祭は、
領民総出で大騒ぎするのが習いであるが、その代わりのように、
暦の上での年末年始にはあまり重きを置かない。
何故なら、その時期は冬であり、ほねっこ男爵領にとって冬とは、
降り積もる雪の季節であり、延々と春を待つ、
長く白い日々の連なりを意味する言葉でしかないのだから。
(とはいえ、冬には冬の楽しみがある事もまた事実なのではあるが)
春の祝祭では、祝い歌にのせて、伝統衣装で着飾った少女たちが舞い、
食料庫を空にする勢いでご馳走が振舞われる。
実際、かつてはこの祭りを過ぎて倉庫に食材を残しておくのは、
度の過ぎた吝嗇だとみなされたという。
現代でもその傾向は残り、この祭りが終わると、
各家庭の冷蔵庫はたいがい空っぽになっている。
その際に忘れ去られた食材が発掘されると、大変恥ずかしいので、
ほねっこ男爵領の冷蔵庫は概ね整理整頓されているらしい。
それとほぼ同時期に、秋の収穫を祈りつつ、畑に鍬が入れられる。
やはり住人総出で行われるこの儀式は、
収穫如何で来年の祝祭の規模が決まるとあって、皆力が入る。
また、春は恋の季節でもある。
長く陰鬱な冬が終わり、生命の芽吹く季節。
一日一日と強く明るくなっていく太陽に、色を取り戻していく風景。
それを祝うが如く舞う乙女。
その軽く上気した頬に吸い寄せられない男は少ない(居ないとは言わない)
ほねっこ男爵領政府の厳正なる統計によると、
この時期のカポーの成立件数は、平均で他の季節の実に2倍を記録するという。
出会いと別れの季節でもある。
ほねっこ男爵領は諸藩国に比べ、国民に占める吏族の割合が高い。
そして、春は吏族の人事異動の季節でもある。
3ヶ月、メッケ岳山頂近くの天文台に閉じこもる事になる星見司だけでなく、
冬季になると家と職場を往復するので精一杯の生活になりがちな、
多くのほねっこ男爵領民にとって、職場を誰と共にするかは、
実に切実な問題なのだ。
この時期、領内に漂う緊張感を中々他国民に理解してもらえないのが、
領民のささやかな悩みであるらしい。
そんなこんなでドタバタしているうちに、季節は巡り、ほねっこ男爵領にも初夏が、
そして、短くも鮮烈な夏が訪れる。
(ドタバタの中には三ヶ月天文台に閉じこもっていた星見司が、
下界の感覚を中々取り戻せない所謂星見ボケも含まれる)
初夏には、ようやく雪が消え始めるメッケ岳の山開きや、河漁が解禁され、
市場には新鮮な山の幸、川の幸が溢れる。
羊毛の刈り入れも丁度この頃で、冬に備えて、また夏を楽しむためにも、
ほねっこ男爵領民はしゃかりきに働く。
そして、夏。
太陽が最も鮮やかに輝く季節。
短い夏を惜しむように、その熱を楽しむ。
この時期の領民は、日が中天に差し掛かったあたりからそわそわとし始め、
午後に入れば心ここに有らずという風体。
そして、終業のベルが鳴る時にはすでに帰り支度を終えている有様。
夕暮れにもなれば、そこかしこで日照の長さを利用してガーデンパーティが開かれ、
秘蔵のエールの樽を開ける音がしたかと思えば、大きな歌声が響き始め、
それに幾つもの声が和し、何処からか楽器まで持ち出して演奏をし始める。
ほねっこ男爵領の夏は、影もひりつくような日差しと、吹き通る涼風と、
何時までも続く気の置けない仲間との宴会で構成されていると言っても過言ではない。
ただ、夜を徹して馬鹿騒ぎをするという習慣はあまりないようだ。
みんな遊び疲れて休んでるのに騒ぐのは迷惑だし、
(ほねっこ男爵領の半分は良識で出来ています)
何よりも、寝ないで遊んでいたら、次の日の宴会に差し支えが出るじゃないか!
(ほねっこ男爵領のもう半分は非常識で出来ています)
この流れについていけない者も居る。
全体が均質な共同体など存在しない以上、当たり前の事である。
そういう者は、森に入って木を切るか、或いは山に入って石を探す。
石と言っても、ただの石ではない。
ほねっこ男爵領を取り囲む山には、有望な貴石の鉱脈があり、
それは雪の無くなる夏にのみ採掘が可能になる。
その貴石を採掘しに行く事を指して、山に入ると言う。
故にその昔、ほねっこ男爵領では、山師といえば、
真面目でこつこつと働く者の事を指したのだそうだ。
夏が終わりに近づくと、ほねっこ男爵領の結婚シーズンが到来する。
前述した春に始まる恋がどうなるのかは、この時期に概ね二分されるのだという。
一つ、夏の熱に炙られ、激しく燃え盛った後に燃え尽きる。
一つ、夏の熱に炙られ、互いに分かちあい難く焼結する。
後者が大挙して結婚するのが、この時期らしい。
そして、ほんの一瞬訪れる晩夏を彩るの宴会のネタになる。
勿論、結婚しない者たちも多い。
ただ、この一山を乗り越えたカップルは、長続きをする傾向にあるそうだ。
晩夏の宴会は野外での芋煮会がメインとなる。
夏場の路地で栽培する頭芋は非常に実りがよく、手間もかからないのだが氷温に弱く、
冬を通しての保存には向かない。
そのため、倹約を強いられる冬の前に、思いっきり実りを味わうためにこの頭芋を野良作業の傍ら煮たのが始まりだ。
この芋煮会は同時に結婚するカップルが互いの親族に相手を紹介する絶好の機会ともなっており、
年頃の娘を持つ家の父親はこの頃落ち着かない(逆に片付いた親はいい気な物で痛飲する)。
この芋煮会に欠かせないのが、鍋の具ともなる香り高きマキオマイタケであり、
民はこぞって山に入り、おのおのの見つけた秘密の“しろ”からそのキノコを取ってくる。
“しろ”の位置は基本的に家族直伝であり、
「婿になっても、キノコ採りに連れて行ってもらえない」となれば、
まだ正式に家族に迎えられていないということでもある。
そして、かすかに風の中に混ざり始めた冬を、
共に耐える事が、この時期結婚する二人の、最初の試練となる。
初秋が訪れると、夏の狂乱が嘘のように、皆また働き始める。
夏を思い切り楽しんだ後は、冬に備えなければならない。
この辺りの切り替えの早さが、周辺地域において、
ほねっこ男爵領の領民は物凄い働き者か、
或いは物凄い怠け者かという両極端しか居ないと言われる所以であろう。
兎に角この時期は忙しい。
何しろ、冬の足は非情なまでに早い。
まだまだ遠いなどとのんびりしていては、あっという間に追いつかれてしまう。
まずは保存食作り。
河や鳴駒の湖で取れる豊富な川魚を干物にする。
沢山作る、兎に角作る、売るほど作る。
冬の間、たんぱく質は主にこの干物に頼る事になる。
そして、猟解禁。
秋は動物たちも厳しい冬に備えて、栄養を溜め込む季節。
すなわち、たらふく肥えて栄養価も高い。
これを見逃しているようでは、北国の厳しい冬を越せはしない。
ただ、やりすぎてはいけない。
獲れるだけ獲れば、今年の冬は越せるだろう、楽に。
しかし、来年は? 再来年は? その次は?
目先の利益だけを追う者も、また北国の厳しい冬を越せはしないのだ。
とはいえ、昔に比べれば随分楽になった、と古老は言う。
保存技術の進歩、輸送状況の改善。農業の革新。
秋の収穫の多寡が、そのまま冬の生き死に繋がる事は無くなった。
良い時代になった、と。
それでも、領民は必死で働く。
それが本能に刷り込まれた行動でもあるかのように。
統計によれば、この時期の作業効率は、
職種を問わず時間当たり5%は上昇するのだという。
そして、秋。収穫の季節を迎える。
春に蒔いた種籾は、順調に育てば、大きな実りとなって返ってくる。
その実りに感謝し、大地の恵みを刈り取る頃には、冬はもうすぐそばまで迫ってきている。
急き立てられるように収穫し、一息つく暇もなく、気がつけば冬に飲み込まれている。
それがほねっこ男爵領の冬の到来となる。
だが、それでも、全てが順調で、皆が全力で働いたなら、一握りの余裕が出来る。
その一握りは、食用にはあまり適さない大麦の栽培であったり、
ある種のハーブの栽培であったり、何処かで使い古されたシェリーの樽だったりする。
足の早い冬がほねっこ男爵領に訪れる頃、それはこっそり行われる。
別にこっそり行う必要は無いのだが、やっぱりこっそり行われる。
理由を聞いてみれば、その方が美味い物が作れる気がするから、
といたずらっ子のように領民は答える。
その方が美味い物が作れる気がするというそれこそが、
上面発酵方式の麦酒であるいわゆるエールと、
上質な大麦と清い水と大昔の悪党の知恵が作った命の水、
つまりは、ほねっこ男爵領が帝國に誇るシングルモルトウィスキー。
どちらも、領民の生活に無くてはならないものである。
特に、ウィスキーはあまりにも過酷な環境で冬を過ごす星見司にとって、
正しく命の水となる、という。
とはいえ、冬の冷え切った空気の中、夜空に冴え冴えと光る星を見ながらの一杯は格別で、
その魅力にとりつかれてしまう星見司も数多いとか。
閑話休題。
冬である。
北国の冬は、美しくも過酷だ。
雪は何もかもを白く染め上げ、その重みで何もかも押し潰そうとする。
寒さは容易に人を殺し、食料の不足も速やかな死を意味する。
だから、ほねっこ男爵領の領民は、皆頑丈な家の中で、暖を取りながら、
家族で身を寄せ合って、過ごす。
自分が働くべき時、充分に働いたと信じながら、
冬が少しでも早く過ぎ去る事を祈りながら……というのは、昔の話。
グローバル化の進む昨今、そんな事では藩国の経営が成り立たない。
科学技術の進歩は偉大だといえよう。
人々は、あれほど恐れた冬と程ほどに折り合っていく術を身につけている。
だから、冬場になっても政庁は閉鎖しないし、生活インフラはきちんと維持される。
主要な道路は融雪機能と除雪車がフル回転して通行を確保するし、
七ツ斑飛行場は冬でも離着陸可能だ。
無論不便な事は間違いない上に、やっぱり気を抜くと人を容易く死に至らしめるが、
それでも、冬はじっと身を縮めてやり過ごすだけの相手ではなくなった。
今でも冬場には夏に採掘した貴石を加工したり、秋に縒った毛糸で織物を織りはするが、
それはあくまでもそれを仕事とするからであって、他に出来る事が無いから、
などという消極的な理由ではない。
薄曇か、雪が降る日の続く空に、たまさかの晴れ間が見えれば、
鳴駒の湖にスケートをしに行く。
日を受けてキラキラと光る髪をなびかせて颯爽と滑る人々の姿は、
伝承に謳われる雪の精の再来と見まごうばかりだそうだ。
たまに見蕩れて怪我をする者がいるのはご愛嬌。
他の彩りを求めるならば、政庁に行けば良い。
政庁の中庭は温室になっていて、一年中美しく咲く花を眺める事が出来る。
……不純な話だが、政庁には美人の多いほねっこ男爵領の中でも、
粒揃いと評判の犬士の吏族さんが、日夜沢山の仕事をしておられる。
男性諸君にとっては良い目の保養になろう。
ただし、仕事の邪魔はしないこと。
かくして、ほねっこ男爵領の四季は巡っていく。
だが、どの季節にも他の季節にはない美しさがある。
そして、その季節と共に、この国で生きる人々の暮らしの中にも。
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○ほねっこ男爵領概要
ほねっこ男爵領は、霊峰メッケ岳の麓に広がる鳴駒の湖に抱かれた、
水郷ほねっこ城市を中心とする、わんわん帝國の一藩国である。
北をメッケ岳、東西を山地に囲まれ、南方にのみ開けた地形は、
守るに易く攻めるに難いものとなっている。
このような地勢は諸藩国でも多く見られ、
このほねっこ男爵領もそのパターンを踏襲していると言えるだろう。
○農作地〜コロの里まで
開けた南部には小麦畑をはじめとする農作地が広がっている。
その農作地を鳴駒の湖から流れ出る清流が三つに分割し、
その流れを遡るように続くほねコロ街道を進むと、
ほねっこ男爵領の中心部へと進むこととなるのだが、
そこで旅人は必ず、河の傍に佇む時計塔を目にする事になる。
初夏から秋にかけて、兎角日の長いこの国では、
この時計塔の鐘の音が、農作地で働く人々の作業時間の目安になっている。
また、内部の機構を利用して、河の水を水路へ汲み上げる役目も担っているのだそうだ。
この時計塔は通称を『働き者の塔』と言う。
正に名は体を表すといったところだが、一つそれに関して面白い話がある。
この『働き者の塔』は、その時々で呼び名が変わるというのだ。
具体的には、その時藩国一の働き者だと皆が認める人物の名を関して呼ばれるそうだ。
当代の働き者は、財務尚書として帝國に出向した事もある『無量小路』とのこと。
故に、今この時計塔は『無量小路の塔』と呼び習わされている。
三椏の渡しを渡ると、コロの里に出る。
この辺りは、昔ながらの農家の佇まいや、
或いは農作業に使う道具を納めた納屋の連なる牧歌的な風景が暫く続く。
ほねっこ城市へと続く唯一の街道沿いにあるこの里は、妙に犬が多い事でも有名だ。
諸説あるが、その昔、街道を歩く旅人相手に商売していた茶屋に、
この里と同じコロという名の賢い看板犬がおり、そのお陰で茶屋は商売が繁盛したため、
それにあやかって今でも犬を飼う家が多いとか。
このコロに関しては、その賢さを讃える様々な逸話が残されている。
その一つに、冬のさなか、病に倒れた飼い主を救った、というものがある。
その話によると、コロは病に倒れた飼い主の助けるため、吹雪の中、街道を駆け上がり、
森を突き抜け、ほねっこ城市の医者の元に薬を受け取り向かい、
そして矢のような疾さで、飼い主の元に特効薬を届けたのだという。
この国唯一の街道が、『ほねっこ街道』ではなく、『ほねコロ街道』なのは、
このコロの忠勇を讃えてなのだとコロの里の住人は言うが、
それはさすがに贔屓の引き倒しというものだろう。
飼い犬が多いという事に関しては、もっと物騒な説もある。
街道沿いにあるこの里は敵の侵攻に一番早く晒される事になる。
故に平時より犬を飼い、変事のあった時は伝令犬として、ほねっこ城にいち早く情報を伝えたとか。
今でもこの話を真に受け、コロの里では軍用犬を育成しているのだという噂が絶えない。
もっとも政庁の犬耳書記官は、その噂を笑って否定するのが常なのだが。
○ほねっこ城市 市内の様子
コロの里を抜け、針葉樹の森を迂回すると、
帝國一の着陸難度を誇ると言われる七ツ斑飛行場が視界一面に開け、
それと同時にほねっこ城市が見えてくる。
ほねっこ城市は、鳴駒の湖から流れる河を背にし、
それ以外の三方を城壁に囲まれた城塞都市であると同時に、
河の流れを市中に引き込むことで、水路として活用している水郷都市でもある。
市内には、政庁、病院、劇場、商店街、学校など、生活に必要な施設は一通りそろっており、
また、冬季を見越して豪雪対策はしっかりと執られているため、生活の快適性は意外に高い。
とはいえ、この兎に角一箇所に集まろうとする性質は、
冬の行動範囲が非常に狭くなりがちな北国ならではといえる。
この性質が遺憾なく発揮されているのは、藩国立ほねっこ学園で、
幼稚部・小等部・中等部・高等部と一纏めになっている上に、
特に高等部には、普通科のほかに、藩国の基幹産業である農業を学ぶ農業科、
七つ斑飛行場の整備士・パイロットだけでなく、広くエンジニアを輩出する航空科、
星見司を育成する特別高等科、
清く正しいバトルメードとしてのあり方(ゆっくり歩くのがたしなみ)を教えるバトルメード科と、
実に多種多様な教育課程がある。
もっとも、これは講師の数が少なく、
複数の科を跨いで生徒を教えている講師の割合が多い事も一つの原因となっているのだが。
なお、ほねっこ学園には本校のほかに、航空科の実習を行うための七つ斑分校、
コロの里に暮らす児童が通うコロの里分校がある。
政庁を中心とするほねっこ城市のメインストリートはほねっこ銀座を呼ばれている。
かつて山で採れる宝石を、銀製装飾品として加工していた職人が軒を連ねていた場所で、
今でも、ほねっこ銀座といえば、高級宝飾品の代名詞となっているほどである。
例えば、ほねっこ男爵領の上流階級(これには夏、避暑に訪れる藩国外の人々も含まれる)
の御婦人方の間で、『ほねっこ銀座でしつらえていただく』といえば、
宝飾品を買いに行く事をさす、といった具合に。
また、こういった人々を目当てに、帝國の一流ブランドや高級レストラン、エステなどが、
熾烈な生存競争を繰り広げている。
一般庶民にはやや敷居の高い界隈ではあるが、休日などには精一杯おめかしして、
銀ブラと洒落込むカップルや夫婦の姿をよく目にする。
最近では、こういった層を目当てに、高級感を保ちつつも、
ややリーズナブルな値段を前面に打ち出した店も出店し始めている。
○鳴駒の湖とその伝説
ほねっこ城市の後背にはほねっこ男爵領の特色の一つである鳴駒の湖が悠々と広がっている。
その水清きこと、そして幸豊かな事で帝國有数と謳われる鳴駒の湖は、
メッケ岳と並ぶほねっこ男爵領民の誇りであり、そして、生命線である。
鳴駒の湖は、メッケ岳の雪解け水が流れ込むだけでなく、
湖底から豊富な水が湧出していると言われ、年間を通して、水量が変わる事はほぼない。
湧出していると言われ、と伝聞でしか紹介できないのには、実は理由がある。
この鳴駒の湖、実はまだ深さがどれだけあるのか分かっていないのだ。
伝承によれば、鳴駒の湖の底は竜宮に繋がっており、その先には海が広がっているのだという。
所謂、鳴駒竜宮伝説である。
鳴駒竜宮伝説には幾つかのバリエーションがあるが、今日は最も一般的な物を紹介したい。
かつて、ある男が鳴駒の湖の深さを知りたいと欲し、ある日とうとう鳴駒の湖に身を投じた。
遮二無二底を目指しもぐり続け、気がつけば、男は何処とも知れぬ洞窟に横たわっていた。
その洞窟にはこの世の者とは思えぬほど美しい一人の娘がいて、洞窟の奥からは眩い光が差していた。
男は娘に、ここは何処かと問うと、
娘は、ここは鳴駒の湖の底であり、この先は竜宮に、さらに海に続いているのだと言った。
それを聞いた男が立ち上がり、先に進もうとすると、
娘はここから先は人の身で進むべき場所ではないのだと止めた。
では、せめて底にたどり着いた証拠が欲しいと懇願する男に、娘は足元の石を差し出した。
証拠が欲しいと仰るのでしたら、この石を持ち帰って、真水に浸けて御覧なさい。
水の味が変わるから、と。
家に帰り着いた男は、早速桶の中に水を張って、その石を沈めた。
すると、話に違わず水の味は塩辛くなったという。
地質学的調査により、有史以前のほねっこ男爵領は温暖な気候であり、
鳴駒の湖の辺りまで海岸線が入り込んでいたという調査結果が出ている。
鳴駒竜宮伝説は、この温暖な頃の記憶を伝承という形で受け継いできたものと解釈されていた。
しかし、竜宮=先ほど発見された小笠原へと続くリンクゲートではないかという指摘もあり、
今後の調査・研究の成果が待たれている。
それはさておき、鳴駒の湖は近代以降、何度かダイバーによる調査が行われているが、
悉く失敗に終わった。
中でも十四年前の某帝大調査隊による調査では、
数名のダイバーが行方不明になるという大惨事になり、
以来、唯でさえ調査に非協力的だったほねっこ男爵領領民の間では、
鳴駒の湖の湖の調査は神の怒りに触れるとされ、禁忌に近い扱いとなっている。
近年、無人潜水艇による調査の計画が立案されているが、
地元の強い反対にあい廃案となっている背景には、こういった事情がある。
○姥ヶ森、王犬社
鳴駒の湖のほとりには、姥ヶ森が鬱蒼と生い茂っている。
姥ヶ森は古来より神域であると伝えられ、御留め地として手厚く保護されて今に至っている。
一説には、王犬のお散歩コースなどと言われているが、真偽は定かではない。
その姥ヶ森に、鳴駒の湖を間にして、相対するように建っているのが、王犬社の本宮である。
冬季や緊急時を除き、王犬は通常ここに起居しているとされているが、
市井の暮らしを知るという方便の下、ほねっこ城市内の離宮を使うことも多いらしい。
本宮は北方では珍しい総檜造の壮麗な神社建築様式に則って建築されており、
観光名所としても有名である。
王犬社は緩やかに隆起する丘陵地帯に抱かれるようにみえる。
地元住民は、この丘陵をさして、よく王犬社の裏山などというが、
実はこの裏山は王犬社の一部で聖域なのだそうだ。
丘陵それ自体、王犬社と切り離せるものではなく、二つ併せて神聖で貴いのだと。
近年の資料調査結果では、むしろ、神聖とされる場所に王犬社を建てたのだとされ、
有史以前の遺跡の存在が示唆されているものの、場所が場所だけに、中々調査が進まないらしい。
○霊峰メッケ岳 近年の発見
これらの各所を見下ろすように、ほねっこ男爵領の最北端にそびえるのが、霊峰メッケ岳である。
峻厳といって差し支えのない山並みは永く人を寄せ付けず、
100年ほど前に著名な登山家によって征服されるまで、未踏の処女地と思われていた。
しかし、近年、天文台を建設するにあたり、
建設予定地に祭祀場跡と思われる古代の遺跡が発掘され、考古学上の論争の的となっている。
この遺跡は公式にはメッケ岳遺跡第10号というが、巷間では星海(ほしみ)の遺跡と呼ばれている。
円形の舞台のようにも見える巨石を中心に、環状列石が周囲を囲むこの遺跡は、
古代の天体観測の場であるとか、山の神に生贄を捧げるための神殿であるなど諸説あるものの、
まだ決定的な学説は提示されていないのが現状である……いや、であった。
この状況に、一石を投じたのが、小笠原へ続くリンクゲートの発見である。
前述の鳴駒竜宮伝説にあるように、ゲートの存在を古代人が知っていたとするならば、
なぜ今になるまでゲートが再発見されなかったのかという指摘がある。
そこで導き出されるのが、ゲートが周期的に消滅・出現を繰り返しているとの説である。
星海の遺跡は、その周期を測るための天体観測場であるというのだ。
同時に、石舞台を囲む列石は、潮の干満を図る月齢に対応しているとし、
潮が干潮になり、尚且つ星辰の位置が正しい位置に定まった時だけ、
異世界との行き来をすることが出来たのだと。
そして、竜宮伝説を引き、異世界と行き来する事が出来るのは、
生き神として祀られた巫女だけだった……と続くのだが、これより先は、
想像による部分が多く、より詳細な研究が待たれる。
海が入り込んでいた頃には、波打ち際だったはずの姥ヶ森、
海と姥ヶ森を見下ろす位置にあった王犬社の裏山、
そして、メッケ岳第10号遺跡。
リンクゲートと海が繋ぐ、これらの旧跡は、今後如何なる事実を我々に示すのか。
各分野からの注目が集まっている。
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○ほねっこ男爵領の四季
ほねっこ男爵領の四季は北方諸国の例に漏れず春から始まる。
春の訪れを盛大に祝い、冬との再会が少しでも遅れる事を願って行われる春の祝祭は、
領民総出で大騒ぎするのが習いであるが、その代わりのように、
暦の上での年末年始にはあまり重きを置かない。
何故なら、その時期は冬であり、ほねっこ男爵領にとって冬とは、
降り積もる雪の季節であり、延々と春を待つ、
長く白い日々の連なりを意味する言葉でしかないのだから。
(とはいえ、冬には冬の楽しみがある事もまた事実なのではあるが)
春の祝祭では、祝い歌にのせて、伝統衣装で着飾った少女たちが舞い、
食料庫を空にする勢いでご馳走が振舞われる。
実際、かつてはこの祭りを過ぎて倉庫に食材を残しておくのは、
度の過ぎた吝嗇だとみなされたという。
現代でもその傾向は残り、この祭りが終わると、
各家庭の冷蔵庫はたいがい空っぽになっている。
その際に忘れ去られた食材が発掘されると、大変恥ずかしいので、
ほねっこ男爵領の冷蔵庫は概ね整理整頓されているらしい。
それとほぼ同時期に、秋の収穫を祈りつつ、畑に鍬が入れられる。
やはり住人総出で行われるこの儀式は、
収穫如何で来年の祝祭の規模が決まるとあって、皆力が入る。
また、春は恋の季節でもある。
長く陰鬱な冬が終わり、生命の芽吹く季節。
一日一日と強く明るくなっていく太陽に、色を取り戻していく風景。
それを祝うが如く舞う乙女。
その軽く上気した頬に吸い寄せられない男は少ない(居ないとは言わない)
ほねっこ男爵領政府の厳正なる統計によると、
この時期のカポーの成立件数は、平均で他の季節の実に2倍を記録するという。
出会いと別れの季節でもある。
ほねっこ男爵領は諸藩国に比べ、国民に占める吏族の割合が高い。
そして、春は吏族の人事異動の季節でもある。
3ヶ月、メッケ岳山頂近くの天文台に閉じこもる事になる星見司だけでなく、
冬季になると家と職場を往復するので精一杯の生活になりがちな、
多くのほねっこ男爵領民にとって、職場を誰と共にするかは、
実に切実な問題なのだ。
この時期、領内に漂う緊張感を中々他国民に理解してもらえないのが、
領民のささやかな悩みであるらしい。
そんなこんなでドタバタしているうちに、季節は巡り、ほねっこ男爵領にも初夏が、
そして、短くも鮮烈な夏が訪れる。
(ドタバタの中には三ヶ月天文台に閉じこもっていた星見司が、
下界の感覚を中々取り戻せない所謂星見ボケも含まれる)
初夏には、ようやく雪が消え始めるメッケ岳の山開きや、河漁が解禁され、
市場には新鮮な山の幸、川の幸が溢れる。
羊毛の刈り入れも丁度この頃で、冬に備えて、また夏を楽しむためにも、
ほねっこ男爵領民はしゃかりきに働く。
そして、夏。
太陽が最も鮮やかに輝く季節。
短い夏を惜しむように、その熱を楽しむ。
この時期の領民は、日が中天に差し掛かったあたりからそわそわとし始め、
午後に入れば心ここに有らずという風体。
そして、終業のベルが鳴る時にはすでに帰り支度を終えている有様。
夕暮れにもなれば、そこかしこで日照の長さを利用してガーデンパーティが開かれ、
秘蔵のエールの樽を開ける音がしたかと思えば、大きな歌声が響き始め、
それに幾つもの声が和し、何処からか楽器まで持ち出して演奏をし始める。
ほねっこ男爵領の夏は、影もひりつくような日差しと、吹き通る涼風と、
何時までも続く気の置けない仲間との宴会で構成されていると言っても過言ではない。
ただ、夜を徹して馬鹿騒ぎをするという習慣はあまりないようだ。
みんな遊び疲れて休んでるのに騒ぐのは迷惑だし、
(ほねっこ男爵領の半分は良識で出来ています)
何よりも、寝ないで遊んでいたら、次の日の宴会に差し支えが出るじゃないか!
(ほねっこ男爵領のもう半分は非常識で出来ています)
この流れについていけない者も居る。
全体が均質な共同体など存在しない以上、当たり前の事である。
そういう者は、森に入って木を切るか、或いは山に入って石を探す。
石と言っても、ただの石ではない。
ほねっこ男爵領を取り囲む山には、有望な貴石の鉱脈があり、
それは雪の無くなる夏にのみ採掘が可能になる。
その貴石を採掘しに行く事を指して、山に入ると言う。
故にその昔、ほねっこ男爵領では、山師といえば、
真面目でこつこつと働く者の事を指したのだそうだ。
夏が終わりに近づくと、ほねっこ男爵領の結婚シーズンが到来する。
前述した春に始まる恋がどうなるのかは、この時期に概ね二分されるのだという。
一つ、夏の熱に炙られ、激しく燃え盛った後に燃え尽きる。
一つ、夏の熱に炙られ、互いに分かちあい難く焼結する。
後者が大挙して結婚するのが、この時期らしい。
そして、ほんの一瞬訪れる晩夏を彩るの宴会のネタになる。
勿論、結婚しない者たちも多い。
ただ、この一山を乗り越えたカップルは、長続きをする傾向にあるそうだ。
晩夏の宴会は野外での芋煮会がメインとなる。
夏場の路地で栽培する頭芋は非常に実りがよく、手間もかからないのだが氷温に弱く、
冬を通しての保存には向かない。
そのため、倹約を強いられる冬の前に、思いっきり実りを味わうためにこの頭芋を野良作業の傍ら煮たのが始まりだ。
この芋煮会は同時に結婚するカップルが互いの親族に相手を紹介する絶好の機会ともなっており、
年頃の娘を持つ家の父親はこの頃落ち着かない(逆に片付いた親はいい気な物で痛飲する)。
この芋煮会に欠かせないのが、鍋の具ともなる香り高きマキオマイタケであり、
民はこぞって山に入り、おのおのの見つけた秘密の“しろ”からそのキノコを取ってくる。
“しろ”の位置は基本的に家族直伝であり、
「婿になっても、キノコ採りに連れて行ってもらえない」となれば、
まだ正式に家族に迎えられていないということでもある。
そして、かすかに風の中に混ざり始めた冬を、
共に耐える事が、この時期結婚する二人の、最初の試練となる。
初秋が訪れると、夏の狂乱が嘘のように、皆また働き始める。
夏を思い切り楽しんだ後は、冬に備えなければならない。
この辺りの切り替えの早さが、周辺地域において、
ほねっこ男爵領の領民は物凄い働き者か、
或いは物凄い怠け者かという両極端しか居ないと言われる所以であろう。
兎に角この時期は忙しい。
何しろ、冬の足は非情なまでに早い。
まだまだ遠いなどとのんびりしていては、あっという間に追いつかれてしまう。
まずは保存食作り。
河や鳴駒の湖で取れる豊富な川魚を干物にする。
沢山作る、兎に角作る、売るほど作る。
冬の間、たんぱく質は主にこの干物に頼る事になる。
そして、猟解禁。
秋は動物たちも厳しい冬に備えて、栄養を溜め込む季節。
すなわち、たらふく肥えて栄養価も高い。
これを見逃しているようでは、北国の厳しい冬を越せはしない。
ただ、やりすぎてはいけない。
獲れるだけ獲れば、今年の冬は越せるだろう、楽に。
しかし、来年は? 再来年は? その次は?
目先の利益だけを追う者も、また北国の厳しい冬を越せはしないのだ。
とはいえ、昔に比べれば随分楽になった、と古老は言う。
保存技術の進歩、輸送状況の改善。農業の革新。
秋の収穫の多寡が、そのまま冬の生き死に繋がる事は無くなった。
良い時代になった、と。
それでも、領民は必死で働く。
それが本能に刷り込まれた行動でもあるかのように。
統計によれば、この時期の作業効率は、
職種を問わず時間当たり5%は上昇するのだという。
そして、秋。収穫の季節を迎える。
春に蒔いた種籾は、順調に育てば、大きな実りとなって返ってくる。
その実りに感謝し、大地の恵みを刈り取る頃には、冬はもうすぐそばまで迫ってきている。
急き立てられるように収穫し、一息つく暇もなく、気がつけば冬に飲み込まれている。
それがほねっこ男爵領の冬の到来となる。
だが、それでも、全てが順調で、皆が全力で働いたなら、一握りの余裕が出来る。
その一握りは、食用にはあまり適さない大麦の栽培であったり、
ある種のハーブの栽培であったり、何処かで使い古されたシェリーの樽だったりする。
足の早い冬がほねっこ男爵領に訪れる頃、それはこっそり行われる。
別にこっそり行う必要は無いのだが、やっぱりこっそり行われる。
理由を聞いてみれば、その方が美味い物が作れる気がするから、
といたずらっ子のように領民は答える。
その方が美味い物が作れる気がするというそれこそが、
上面発酵方式の麦酒であるいわゆるエールと、
上質な大麦と清い水と大昔の悪党の知恵が作った命の水、
つまりは、ほねっこ男爵領が帝國に誇るシングルモルトウィスキー。
どちらも、領民の生活に無くてはならないものである。
特に、ウィスキーはあまりにも過酷な環境で冬を過ごす星見司にとって、
正しく命の水となる、という。
とはいえ、冬の冷え切った空気の中、夜空に冴え冴えと光る星を見ながらの一杯は格別で、
その魅力にとりつかれてしまう星見司も数多いとか。
閑話休題。
冬である。
北国の冬は、美しくも過酷だ。
雪は何もかもを白く染め上げ、その重みで何もかも押し潰そうとする。
寒さは容易に人を殺し、食料の不足も速やかな死を意味する。
だから、ほねっこ男爵領の領民は、皆頑丈な家の中で、暖を取りながら、
家族で身を寄せ合って、過ごす。
自分が働くべき時、充分に働いたと信じながら、
冬が少しでも早く過ぎ去る事を祈りながら……というのは、昔の話。
グローバル化の進む昨今、そんな事では藩国の経営が成り立たない。
科学技術の進歩は偉大だといえよう。
人々は、あれほど恐れた冬と程ほどに折り合っていく術を身につけている。
だから、冬場になっても政庁は閉鎖しないし、生活インフラはきちんと維持される。
主要な道路は融雪機能と除雪車がフル回転して通行を確保するし、
七ツ斑飛行場は冬でも離着陸可能だ。
無論不便な事は間違いない上に、やっぱり気を抜くと人を容易く死に至らしめるが、
それでも、冬はじっと身を縮めてやり過ごすだけの相手ではなくなった。
今でも冬場には夏に採掘した貴石を加工したり、秋に縒った毛糸で織物を織りはするが、
それはあくまでもそれを仕事とするからであって、他に出来る事が無いから、
などという消極的な理由ではない。
薄曇か、雪が降る日の続く空に、たまさかの晴れ間が見えれば、
鳴駒の湖にスケートをしに行く。
日を受けてキラキラと光る髪をなびかせて颯爽と滑る人々の姿は、
伝承に謳われる雪の精の再来と見まごうばかりだそうだ。
たまに見蕩れて怪我をする者がいるのはご愛嬌。
他の彩りを求めるならば、政庁に行けば良い。
政庁の中庭は温室になっていて、一年中美しく咲く花を眺める事が出来る。
……不純な話だが、政庁には美人の多いほねっこ男爵領の中でも、
粒揃いと評判の犬士の吏族さんが、日夜沢山の仕事をしておられる。
男性諸君にとっては良い目の保養になろう。
ただし、仕事の邪魔はしないこと。
かくして、ほねっこ男爵領の四季は巡っていく。
だが、どの季節にも他の季節にはない美しさがある。
そして、その季節と共に、この国で生きる人々の暮らしの中にも。
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