グアドループ島
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「グアドループ島」は、カリブ海東部海域で小アンティル諸島内のリーワード諸島?に属す島。15世紀末にクリストファー・コロンブス?が上陸した。
西側のバス・テール島?と、東側のグランド・テール島?とが、極狭い水道を挟んで隣接。この2島を併せてグアドループ島と呼ぶ。東西の2島が「羽を開いた蝶のような形状」と言われる。
近傍のマリー・ガラント島?、ラ・デジラート?などを併せてフランスのグラドループ地域圏?が営まれている。南でドミニカ島?(ドミニカ共和国)、北でアンティグア・バーブーダの島々、と遠くない。概ね北東方向には、モントセラット島?(U.K.領)もある。
- 【参照地図】
- グアドループ島周辺地図(Wikimedia Commons)

- 【参照イメージ】
- グアドプール島の衛星イメージ(NASA?,Wikimedia Commons)

やや詳しい情報
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グアドループ島は、総面積1,436平方km強。内、バス・テール島?が841.49平方km。グランド・テール島?が、594.98平方km。
西側のバス・テール島は、険しい起伏を持つ火山島。南部の中央にそびえる、1,467mのスフリエール山が最高峰。
中央部には樹木の密林した雨林が広がり、西部海岸は火山性の黒い岩浜。
東側のグランド・テール島は、主に石灰岩からなる平低な島。なだらかな丘陵地にサトウキビを主にした畑が目立つ。海岸は白い磯浜が多い。
バス・テール島の東端とグランド・テール島の西端とは、幅が狭く短いサレー水路(sal?e)を挟んで至近で対面。サレー水路は、「潮の水路」といった意味。
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グアドループ島には、1493年クリストファー・コロンブス?が第2回の航海で上陸した。この時は水を求めての上陸で、入植などはなされなかった。当時は、カリブ族の部族集団が先住していた。現代に入ってからの、考古調査で、カリブ族はB.C.300年頃に島に到来し、先住民を駆逐した、ということが解明されている。グアドループ島の先住民の素性は、現在のところ、[[今1つ定かに解明されていない|定かでない]。]
17世紀頃、現在のセント・クリストファー島?を拠点にしていたフランス=アメリカ諸島会社が、グアドループ島や周辺島嶼への入植、開拓を開始。
フランス王国がグアドループ島の領有を宣言したのは、1635年のこと。この前後、多数のカリブ人?が島から放逐された。1674年にフランス王国に併合され、本格的に属領化された。1642年には、ルイ13世?の勅令で、フランスのサトウキビ・プランテーションで、アフリカからの黒人奴隷を用いることが公認されている。
グアドループ島は、その後度々,U.K.(連合王国)の侵攻を受け、占領された時期もある。1759年〜1763年に占領され、パリ条約(1763年)でフランスに返還された。1794年にもU.K.軍の侵攻を受けたが、この時は撃退。
1810年〜1813年、再度U.K.に占領され、1813年〜1816年、U.K.とスウェーデン王国の同盟により、統治件はスウェーデンに委譲された。しかし、実際は、スウェーデンから派遣された総督の下で、U.K.の植民地府が統治を続けた。
1810年からの占領では、U.K.とスウェーデン王国の同盟により1813年以降、スウェーデンに占領された(実際は、スウェーデン統治期間中も派遣されたスウェーデン総督の元で、U.K.の殖民府が統治にあたっていた)。フランスの統治権が最終的に確定されたのは、1815年のウィーン会議?による。
GM向け参考情報
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「増補待ち」。
別称類
主要国の言語
- フランス語表記=Guadeloupe
- 英語表記=Guadeloupe
- スペイン語表記=Guadalupe
- アラビア語名の音(調査中)
- ロシア語表記=Гваделупа
- 中国語表記=瓜��〓普
(〓は、表示できない漢字)
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参照:[ランド・マーク] [ドミニカ国] [ドミニカ国の参照コンテンツ集] [小アンティル諸島] [北アメリカ州のランド・マーク] [セントクリストファー・ネイビス連邦] [グアドループ地域圏] [ドミニカ国の基本情報 2008年版] [アンティル諸島]