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シュメール王名表

「シュメール王名表」

PCが予め知ってていい情報

 「シュメール王名表」は、シュメール・アッカド地方?で有力だった諸王朝の、王朝ごとの王統記録が編纂された楔型文字文書、及び、この類の文書複数の異同を現代の研究者が校訂したテキストを意味する。

追加情報

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 原典となる「シュメール王名表」テキストの多くは、ウル第3王朝時代?にシュメール・アッカド地方の各都市に伝えられていた歴史伝承が編纂されたものだろう、と目されている。
 類似の文書に、イシン・ラルサ時代?に、イシン王朝?で編纂されたものも知られる。「シュメール王名表」のカテゴリ名は、これらの文書の総称として、現代の研究者が命名したもの。

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値12〜14」
詳しい情報 「シュメール王名表」のテキスト類には、細かな異同もあるが、共通した内容は概ね次のようなものになっている。
 基本的には、シュメール・アッカド地方?で、有力だった王朝ごとに王統が整理されている。
 ただし、各王朝はそれぞれがシュメール・アッカドの全域を支配していたかに編纂されている。つまり、実際は併存したり、争いあったりしていたことが考古調査で明らかにあっている王朝も、A王朝が滅びた後、B王朝が地域全域の支配権を継承して続いたかのように、時系列に編纂されている。
 一方で、有力だった時期もある都市の王朝(ラガシュ?やニップル?など)が記されていない、テキストによって王朝の配列順に異同がある、なども見られる。
 特に、ラルサ王朝で編纂された「王名表」は、ウル第3王朝時代に編纂されていた文書に、イシン王朝の王統を付け加えて再編纂された内容になっている。ちなみに、イシン王朝と争いあったラルサ王朝?の方では、伝統的な「シュメール王名表」の諸王朝についての記録をはぶき、ラルサ王朝のみの王統を記した文書が編纂された。
 大前提として、諸王朝は“大洪水”以前と以後とに別けられている。
 大洪水前には、エリドゥ? → ハドティビラ? → ララク? → シッパル? → シュルパック?の5都市の王朝で、総計8人の王が、24万年以上君臨したとされている(ある原テキストの例では24万1200年)。
 大洪水後、天から降った王権が、はじめはキシュ?にもたらされ、次いでエアンナ?(現代の研究者はウルク第1王朝?と呼ぶ)とされている点などが、原テキスト群に共通している。ちなみに、キシュ第1王朝?は23人の王が2万4000年程君臨したことになっており、1王の平均寿命は1千年以上。エアンナの王朝は、12人の王が2300年ほど君臨したことにあっており、1王の平均寿命は200年弱。
 「王名表」の古い時代の記述は、ただでさえ、編纂されたウル第3王朝時代から、1千年前後溯る時代についての記録になる。古い時代の内容については、各都市に伝承されていた神話に基づいたもので、歴史記録とは認め難い、とされている。

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 「シュメール王名表」も楔型文字?を用いた粘土板文書の1種ではある。
しかし、各王朝で重要視された文書らしく、多くの例は、粘土製の太い角柱の4面にびっしり、文書が刻まれたような形態。外見は、現代の研究者が「(粘土製)プリズム」と呼ぶ類の遺物に近い物が多い。

GM向け参考情報

トピック:「シュメール王朝表」

 日本では、メソポタミア研究者の間に「シュメール王名表」ではなく「シュメール王朝表」の呼称を用いる人が少なくありません。

 これは、伝統的に「王名表」と呼ばれてきたテキストの主眼は、シュメール・アッカド地方の正統な王権(とイメージされたもの)がいかに諸王朝に継承されてきたかの方にある、との含意を込めたカテゴリ名です。

 例えば、イシン王朝で編纂されたテキストは「王朝表」だが、ラルサ王朝のテキストは「王名表」だ、との使い分けもなされます。これは、歴史を研究、分析するカテゴリとしては優れたものです。しかし、ワールド・ワイドには、今でも「シュメール王名表」の用語の方が研究者の間で広く用いられているようです。

活用や検討

活用

検討

  • 検討の項は記名記入を推奨(無記名記入は書き換えられても仕方なし、ってことで)

更新日時:2006/01/19 18:00:51
キーワード:
参照:[考古学、歴史研究の関連用語] [アーティファクツやオーパーツ・ソース] [エジプト誌] [ギルガメシュ]
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