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ワジリスタン

ワジリスタン
簡易版

英語表記
Waziristan
フランス語表記
Waziristan
スペイン語表記
Wazirist?n
ロシア語表記
Вазиристан

簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 「ワジリスタン」とは、パキスタン=イスラム共和国西縁の南北中ほどで、アフガニスタン=イスラム共和国に隣接する連邦直轄部族地域南部を、広く指す地域名。部族地域である北ワジリスタン?と、南ワジリスタン?とを併せた地域を指す。

 「ワジリスタン」の名は、地域で主流のパシュトゥーン人部族集団「ワジリ族」の名に由来する。

 2008年現在、地域はタリバーン?を称している民兵団が、南ワジリスタンを拠点に実効支配。U.S.軍、パキスタン軍と交戦しつつ、パキスタン首都圏などで爆弾テロなどを断続させている。

 2008年9月には、隣接するアフガニスタン側からもU.S.軍が侵攻。北ワジリスタンに空爆を加えた。

【参照地図】
  • パキスタン領内の連邦直轄部族地域のエリア(Wikimedia Commons
    Image:PakistanTribal
    地図中の赤系濃色彩色部が、連邦直轄部族地域のエリア。
  • パキスタン領内の南北ワジリスタンのエリア(Wikimedia Commons
    Image:Pakistan and Waziristan
    地図中グリーン系の色で彩色された部分が、南北ワジリスタンのエリア。

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 南北のワジリスタンを併せた面積は、11,585平方km(連邦直轄部族地域の43%弱にあたる)。地域は、たいへん山がち。

 内、北ワジリスタンの面積は、およそ5,000平方kmほど、南ワジリスタンの面積は、およそ6,500平方kmほど。

 地域名の由来になっている「ワジリ族」は、複数の部族の緩い集合体。各部族ごとに別れ、南北ワジリスタン各所に居住している。

 ワジリ族は、「アフガン人」と他称されたパシュトゥーンの典型的な部族集団で、山岳地帯での戦闘に長けている。U.K.の殖民地だった時代のインド軍を相手に戦い、自分たちのホーム・グラウンドである山岳地帯を守り抜いた。U.K.とアフガニスタン王国?の3次に渡った戦争ではU.K.軍の大きな障害になった。


 連邦直轄部族地域、及び、隣接する北西辺境州には、2002年から、U.S.軍とパキスタン軍とが展開した。「地域に、アフガニスタンから逃れたウサマ・ビン=ラーディン?ら、アル-クァーイダ?の主要メンバーが潜伏している」との疑いが理由とされた。ワジリスタン、及び、隣接地域へのウサマ・ビン=ラーディン潜伏説は、2008年現在まで、確証が得られていない。

 2004年に「アル-クァーイダ?勢力を攻撃する」として、U.S.軍が空爆をおこなってから、紛争が激化。紛争を通じて、タリバーン?を称する在地の民兵集団が、地域への影響力を拡大した。

 2006年9月、パキスタン中央政府は「ワジリスタン=イスラム・エミレィト」を称す民兵集団を相手に、地域での扮装を凍結する交渉をおこなった。中央政府も同民兵団の地域実効支配を認めた形になっている。
(ちなみにアフガニスタンのタリバーン政権が名乗っていた正式名称が「アフガニスタン・イスラム・エミレィト」だった)

 2006年以降も地域では、地元勢力と、U.S.軍、パキスタン軍の交戦が断続。ワジリスタン=イスラム・エミレィトも、首都圏で起きた爆弾テロなどに、たびたび犯行声明を公表してきている。

 2007年6月、パキスタンの国家公安委員会は、「ワジリスタンのタリバーン化を食い止める」基本方針を策定。連邦直轄部族地域から北西辺境州にかけて、さらに軍部隊が動員されることになった。

さらに詳しい情報

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 2001年年末に、アフガニスタンで、いわゆるタリバーン政権が倒壊した後、ワジリスタンでは、逃れてきたアル-クァーイダのメンバーを受け入れ、保護しようと言うグループと、彼らに地域を出て行ってもらおう、というグループの間でかなりの対立が生まれた。

 従来、地域は、部族ごとの長老会が部族長をサポートし、民会で部族の意志決定がおこなわれる習慣が伝統的だったので、アル-クァーイダのメンバーの処遇を巡る議論は、地域での部族間の対立にも発展した。

 アフガニスタンのタリバーン政権倒壊後の当初は、ワジリスタンでは、大まかには、次のような意見が対立したようだ。

  • 「積極的にアル-クァーイダのメンバーを受け入れよう」とする意見。
  • 「部族の伝統的な習慣に基づき、一旦、保護下に置いた旅人の安全を守ることが部族の名誉だ」とする多数派意見。
  • パキスタン中央政府との長年の関係を重視し「タリバーン・メンバーの安全をパキスタン政府に保証させることを条件に、地域を出て行ってもらおう」という意見。

 最後の現実的な意見は、各部族の部族長たち、長老たちに少なくなかった。おそらく、長年中央政府との交渉を勤めてきた関係だろう。「タリバーンに地域を出て行ってもらう」方針でまとまった部族もあったのだが、これが部族間の対立だけでなく、旧アル-クァーイダ・グループとの対立も招いた。

 旧アル-クァーイダ・グループとの戦闘の結果、マリク族という部族の男性200人が死亡した、という事件も報じられたことがある。

 対立を通じて、旧アル-クァーイダのグループは、地元民の主に若者たちも吸収する形で、民兵集団「ワジリスタン・イスラム・エミレィト(Islamic Emirate of Waziristan)」に再編された、と思われる。イスラム・エミレィトの現在の司令官は、地元の部族出身者だが、アフガニスタンでイスラム義勇兵として戦った経歴を持つ人物だ。

 これが、欧米のメディアでしばしば「ワジリスタンのタリバーン」と呼ばれ、パキスタン中央政府が「ワジリスタンのタリバーン化を進めている」としている民兵集団の実態だ。

 皮肉なことに、U.S.軍やパキスタン政府の介入が、伝統的な族長統治の世代交代を促進する形になった。現在の「ワジリスタン・イスラム・エミレィト」には、ワジリ族系の部族複数の出身者である若いメンバーが、多数参加している。地域で伝統的だった部族集団とは、別種の組織原理で動く集団になっている。

GM向け参考情報

 「増補待ち」。

活用や検討

活用

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検討

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更新日時:2009/07/07 21:16:09
キーワード:
参照:[連邦直轄部族地域,パキスタン=イスラム共和国の〜] [アジア州のランド・マーク] [小辞典ワールド編] [ランド・マーク]
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