北西辺境州,パキスタン=イスラム共和国の〜
- パキスタン=イスラム共和国の北西辺境州 パキスタン=イスラムきょうわこくの ほくせいへんきょうしゅう 簡易版
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パキスタン=イスラム共和国の北西辺境州
パキスタン=イスラムきょうわこくの ほくせいへんきょうしゅう
簡易版
- 英語表記
- North-West Frontier Province(of Pakistan),NWFP
- フランス語表記
- Province de la Fronti?re-du-Nord-Ouest
- スペイン語表記
- Frontera del Noroeste
- 中文表記
- 西北邊境省
PCが予め知ってていい情報
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パキスタン=イスラム共和国の「北西辺境州」は、パキスタン領のパンジャーブ平野?、及びイスラマバード首都圏?に隣接している山岳地帯に設けられた行政区。略称で“NWFP”。
欧米のメディアなどで、しばしば「パキスタン北西部」と呼ばれて、隣接する「連邦直轄部族地域」と一括して扱われることもある。
「北西辺境州」の名は、かつてのU.K.統治に由来。発足当時は、総督府直轄州だったが、現在は州議会を有し、全域が州政府の統治下に置かれる制度になっている。
ただ、州域の特に南部では、2001年年末頃から、U.S.軍とパキスタン軍が展開。アフガニスタンから逃れたウサーマ・ビン=ラーディン?ら、アル・クァーイダ?の幹部たちが潜伏したとの理由だった。その後、地域での戦闘は長期的に断続している。他に、麻薬組織を壊滅する、との目的のNATO軍作戦に、U.K.軍主体の部隊が従事している。
時として、一部地域が、非常事態宣言下に置かれることもあるようだ。また、外国人の単独行動が制限され、当局に要請して護衛を伴うことが義務付けられている地域も少なくない(と、想定)。
州都のペシャワール?は、州域東縁の南北中ほどに位置。隣接する連邦直轄部族族地域北部を挟んで、アフガニスタン州のカーブル?とを結ぶカイバル峠?の、パキスタン側の玄関口になっている。
- 【参照地図】
- パキスタン領内の北西辺境州のエリア(Wikimedia Commons)
地図中の赤系濃色彩色部が、北西辺境州の州域。
やや詳しい情報
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北西辺境州の面積は、74,521平方km。地域は、24の行政区に区分されている。
居住人口は、おおよそ2,100万人前後と推計され、他に、150万人ほどのアフガニスタン難民が滞留していると見積もられている。
州民の多数派は、パシュトゥーン人で、州民の2/3ほどとされている。州の公用語もパシュトゥー語。北西辺境州のパシュトゥーン人は、州域東部に多く、地域で「パクトゥーン」と呼ばれる諸部族に分かれている。少数派では、タジク人やハザラ人が多く、地域によってはバローチ人も多い。他に、パンジャーブ人?なども居住する。
州民の間の信教は、ほとんど全員がイスラム信徒だが、1部地域で、イスラム以前の民俗信仰も見られる。イスラム信徒の間では、スンニ派が多数派だが、少数のシーア派信徒、イスマイリ派信徒もいる。
- 【参照地図】
北西辺境州は、U.K.統治時代の1901年に、インド総督府直轄州として創設された。
1931年から北西辺境州を、地域で選出される州知事の統治に移行させる協議がはじまり、1935年から州政府が発足された。
インド帝国?の解体時には、北西辺境州は住民投票でパキスタン=イスラム共和国への帰属を選択した。
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キーワード:
参照:[アザド・カシミール] [チトラル県] [ワジリスタン] [略号] [パンジャーブ地方] [連邦直轄部族地域,パキスタン=イスラム共和国の〜] [アジア州のランド・マーク] [連邦直轄北地域,パキスタン=イスラム共和国の〜] [バローチスタン州] [スレイマン山脈]