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ジェドコンスエファンク

ジェドコンスエファンク (Djedkhonsuefankh) 簡易版

簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 ジェドコンスエファンクは、紀元前11世紀の半ばに、極、短期間、テーベ?のアメン神殿でリーダーだった人物。

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 ジェドコンスエファンクは、B.C.1046年からB.C.1045年の2年間、現在の古代エジプト研究で、「アメン大司祭国家」と呼ばれる時期のテーベ神官団で、リーダーの地位にあった。

 実際に「アメン神の第一神官(ヘムチェルテピエンアメン)」の称号を用いたかどうかは、現在までのところ確認されていない。しかし、短期間とは言え、事実上は第一神官位にあった、とみなしても構わないだろう。ヘリホルから数えて第5代にあたる。

 パネジェム1世の近親であり、おそらく息子の1人だろう、とは推定されている。しかし、母親は誰かなど、親族関係は定かになっていない

さらに詳しい情報

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 ジェドコンスエファンクについては、細かな事跡などが分かっておらず、実在を疑問視する説すら聞かれることがある。

 極めて短期間しか神官団のリーダーの地位になかったことが注目されているが、その経緯については、幾つかの推測説が考えられている。いずれの説も、現状では確証に乏しい推測説だ

 前提としては、メンケペルラーの代の初期に起きた反乱との関係が重視されている。

 あるいは、ジェドコンスエファンクは、メンケペルラーによるクーデタのような型で死に追いやられたのかもしれない。逆に、メンケペルラーが鎮定したと思われる反乱に巻き込まれて死んだ可能性もある。しかし、そうだとすると、記録が乏しすぎることが腑に落ちない。いずれにしても、実情は定かでない

 また、「マサハルタの末年から、テーベの大司祭国家とタニス王朝のスメンデスとの間に、政治的な緊張関係が生まれた」とする説もあり、「ジェドコンスエファンクを挟んだ、マサハルタからメンケペルラーまでの3代の間には、タニス王朝に対する外交方針について、神官団の内に激しい政争があった」とも唱えられる。

 メンケペルラーは、第一神官になった後、タニス王朝との関係を良好なものにしている。このことは、「神官団内の政争説」の傍証とも言われることがある。

 あるいは、「パネヘシの死後、マサハルタが神官団のリーダーになるまで、テーベで続いたと思われる内戦のいきがかかりが尾を引いていて、ジェドコンスエファンクからメンケペルラーの代替わりにも影響した」とも言われるが、これも定かではない

GM向け参考情報

  • GM向けの補足情報、マスタリング・チップス、アイディア・フックなど

 「増補待ち」

更新日時:2007/01/26 11:35:24
キーワード:
参照:[メンケペルラー] [歴史上の実在人物] [小辞典ワールド編] [マサハルタ]
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