アングルシー島
追加情報
- 小辞典版推奨判定
- 「交流+知性 目標値8〜10」「情報+知性目標値10〜12」
- やや詳しい情報 アングルシー島の中心は、島の北東部で、メナイ海峡がアイリッシュ海に連なり広がっている海域に面しているボーマリス?の町。ウォーター・スポーツが盛んなスポットになっている。
- 西部で橋で結ばれているホーリー島の町、ホーリーヘッドからは、アイルランド共和国に至るフェリー便が周航。
- アングルシー島を訪れる人のほとんどは、アイルランド島に向かう通過旅行者で、アングルシー島自体の観光客はほとんどいない。
- あるいは、東方に近接したスノードニア国立公園?を訪れた旅行客の内に、脚を伸ばす人もいる程度。
- 小辞典版推奨判定
- 「情報+知性 目標値10〜12」
- やや詳しい情報 2005年現在、アングルシー島は、ウェールズのグゥイネズ県に属。1974年までは、アングルシー島西部に付随する小島、ホーリー島を含めて、アングルシー県をなしていた。
- ホリーヘッド島も併せた面積は、715平方km。人口は、1981年時点の統計で6万7千人。
- 島内は酪農地帯が主。
- 小辞典版推奨判定
- 「歴史+知性 目標値10〜12」
- やや詳しい情報 アングルシー島の島内には、ローマ時代の遺跡や、初期キリスト教遺跡を含め、古代の遺構が20前後遺る。
- 新石器時代の遺構も多く、ほとんどが海岸部に存在。
- 代表格は、新石器時代の埋葬塚、ブリン・ケリ・ズー、及び、バークロディエッド・イ・ガウレスに遺る石室墓。
- 1942年から1943年にかけて、島の西岸に近いシン・ケリグ・バーハ湖の湖畔で、ラテーヌ期?に属すケルト系遺物が大量に発掘された。これらの遺物は、神々への奉納物が湖に沈められたもの、と考えられている。
- 小辞典版推奨判定
- 「歴史+知性 目標値12〜14」「言語+知性 目標値14以上」
- 詳しい情報 アングルシー島は英語名。ウェールズ語?による古称は、モナ(島)、または、モーン(島)。一説?に、古いケルト系言語で「母」を意味し、“母なる島”が含意された、とも言われる。
- 小辞典版推奨判定
- 「歴史+知性 目標値12〜14」
- 詳しい情報 ローマ軍が、ウェールズ攻略戦を進めていたA.D.60年、モナ島に侵攻した軍勢が、激しい抵抗を受けた、とタキトゥス?の『年代記』に記されている。
- タキトゥスによれば、海岸に配置されたケルト兵たちは、黒衣をまとい長髪を梳いた女たちに援護されていた。この女ドルイド(とタキトゥスは記している)たちは、両腕を高く掲げ、ローマ兵たちに向け、神々の災いが及ぶよう呪詛していた。
- タキトゥスの記述に基づき、モナ島がドルイドたちの主要拠点だったという説が後世唱えられた。
GM向け参考情報
一般によく知られた史跡兼、観光地としては、アングルシー島南側のメナイ海峡対岸で、メナイ海峡と、スノードニア国立公園?との間に位置するカーナボン城?が近い。
1942年から1943年にかけて、シン・ケリグ・バーハ湖畔で発掘されたケルト系遺物を、モナ島がドルイドの祭祀場だったという想定の裏付けとみなす意見もある。
アクセス・ルート
- 空路
- ウェールズ中部の地方空港、中央ウェールズ空港?、北部イングランド?西岸のリヴァプール?、及び、マンチェスター?近傍の空港が近い。
- 地上路
- アングルシー島へは、本土側でメナイ海峡に面す町バンゴール?から架橋されている。
- 鉄路 イングランド?のチェスター?を経由した鉄路が、ウェールズ北部のコンウェイ?、バンゴールを経て島へ渡っている。島の南部を通った鉄路はホーリー島のホーリーヘッドまで至っている。この鉄路には、ウェールズ南部のニューポートから北上し、イングランドとウェールズとの境のイングランド側を通ったルートが、チェスターの西で合流している。
- 自動車道 ウェールズの北岸、スノードニア国立公園の北縁を経由してきた主要地方道A55、ウェールズの北西岸、スノードニア国立公園の西縁を経由してきたA487などが、スノードニア国立公園の敷地内を横断しているA5に、アングルシー島の対岸で合した後メナイ海峡を渡る。A5は、島中央のやや南寄りを横断した後ホーリー島のホーリーヘッドまで至っている。A5は、島内で、島の外周を巡るルート、他の地方道と交叉。
島内の遺跡
島内には、ローマ時代の遺跡や、初期キリスト教遺跡を含め、古代の遺構が20前後遺る。 新石器時代の遺構も多く、ほとんどが海岸部に存在。
キーワード:
参照:[マン島] [ランド・マーク] [ヨーロッパ州のランド・マーク] [ウェールズ] [カンブリア山脈] [大西洋のランド・マーク]