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エル-クゥシヤ

エル-クゥシヤ (簡易版)

簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。

アラビア語名の音
el-Qusiya(エル-クゥシャ)
英語、他
Cusae(クサエ)

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 エル-クウシャは、エジプト中エジプト地方中北部でナイル流域に現存する地方都市、あるいは、大きめの町。

 欧米人には古代ギリシア語に由来する古代都市名「クサエ」の名で知られている。現状の町は、農作地内の街区で、遺構の類はほとんど目立たない。ただし、西方にメールの岩窟墓?が位置している。

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 エル-クゥシヤ(クサエ)は、アシュート県の北部で、アシュート市の北西近郊に位置し、ナイル左岸に立地。

 エル-クゥシャの町とメールの岩窟墓域の中間には、コプト教?の修道院デール・イル-モハラッが建っている。別名で、「聖処女修道院」とも呼ばれるこの修道院は、エジプトのコプト教会に属す修道院の内では最大規模の物の1つ。

 幼いイエスを伴った聖家族がエジプトに逃れたという聖典外伝承のバリエーションで、聖家族が立ち寄ったとされる場所に建立された修道院。毎年6月下旬に1週間、5万人程度の巡礼者が祭礼のため詣でる。


 エル-クウシャのあたりは、古代には上エジプト第14ノモスの都クゥイス?が営まれていた。

 この古代都市は、ローマ時代末の5世紀には、皇帝直属軍団の駐屯地だった。

 第2中間期?の間、クィスは、下エジプトで支配的だったヒクソス勢?の勢力圏の南限になっていた時期が長かった。

 古代エジプト時代を通じては、ハトホル女神を崇拝する宗教センターの1つとして栄えた。現在のエル-クウシャ近傍に位置するメールの岩窟墓は、中王国時代?に、第14ノモスで有力だった地方貴族が営んだ岩窟墓。

さらに詳しい情報

  • 「難易度が、ある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 「増補待ち」。

GM向け参考情報

 「増補待ち」。

リンク

関連項目

資料リンク

活用や検討

活用

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検討

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更新日時:2007/12/12 17:50:39
キーワード:
参照:[ノモス] [アシュート県]
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