トゥアト
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「トゥアト」とは、アイルランドのケルト系部族が営んでいた社会集団の呼称で、今風に言えば、部族連合の類だった。
アイルランド・ゲール語の語義としては「人々(people)」、「部族(tribe)」、「国(nation)」などを意味した。
10世紀頃のアイルランドでは、大小さまざまな「トゥアト」が150ほど営まれたとされることが多い。複数の部族の連合体で離合集散もあり、時代によっても研究者によっても実数は定かでなく、内には「300はあった」と唱える研究者もいる。「10世紀に150ほどあった」とする、多数派の説では、当時のトゥアトの平均的な人口は3000人程度、とされることが多い。
「トゥアト」とは、「1人の部族王(リー?)に統べられた部族連合体」と言われることもある。が、リーとトゥアトとの関係の実態も、時代による変化があった、と推定されている。
大づかみな流れとしては、古い時代のリーは、連合に属す部族間を調停する名誉職だった。必ずしも世襲とは限らず、勢力の大きな部族の長が、部族長間で選任された。勢力の大きな部族の部族長が代替わりして、リーの地位も引き継がれることはあったようだが、人望が無いためリーの地位が継承されないことも珍しくはなかったようだ。
複数のトゥアトの合議で、リーの上位に「コーゲドの王(リー・コーギド)」が選任されることもあった。リー・コーギドも本来は、調停役として期待されるのが伝統だったようだ。
大小のトゥアトでは、リーがそれぞれ王朝を営み、アイルランドがキリスト教化した後は、専属の修道院を保護するもの、とイメージされた。が、これは、当時のスタンダード、あるいは理想であって、弱小のトゥアトでは、王朝とリーの家政が未分化だったり、専属関係の修道院が定まっていない例も珍しくはなかった。
トゥアトでリーの地位が世襲化されると、部族連合が、名実共に小王国化していった。これは、アイルランドの中世半ばから末期にかけての大きな動きで、ことに、9世紀頃からは、トゥアトの王国化は大勢になった。
きっかけとしては、アイルランドへのヴァイキングの侵寇や、各地の修道院の発展などがあった。
小王国化の進行は、地域によっても差があったが、多くの場合、世襲化したリーの内の有力者が、実力でリー・コーギドを称すようになった。有力なリーや、リー・コーギドは群雄化して争いあい、さらに「アイルランド王(リー・エーレン)」を称すようになっていった。
(古い時代のリー・エーレンは、物語の内とは異なり、実際は宗教的な調停者が期待され、実態としては名誉職だった、と考えられている)
アイルランド各地で群雄化したリーたちが争いあう情勢は、遅くとも10世紀半ば頃から激しくなり、11世紀を通じてピークを迎え、12世紀後半に、イングランド諸侯の侵出とイングランド王ヘンリー2世の介入を招いた。
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参照:[トゥアター・デ・ダナン] [+αのワールド用語] [ダヌー女神] [コルマク・マク・クレナーン] [ウラド]