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バース市街

バース市街 バースしがい (City of Bath)

PCが予め知ってていい情報

 「バース市街」は、南西イングランドの北東部でブリストル市?の南東に位置。

 1987年以降、ユネスコ世界遺産の文化遺産に登録されている。ローマ時代に遡る保養地、観光地として有名。「バース・スパ」として知られる温泉は、おそらく、ローマ時代以前に遡る。

 現在は、バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット(通称、BANES、又はB&NES)の東部で、県庁にあたるカウンシルを擁す中心地区。慣例的に「シティ」と呼ばれる。(グレイター・ロンドン?の1角に「シティ・オブ・ロンドン?」と呼ばれる地区があるのに近い)

 エイヴォン川?が丘陵の間を屈曲して流れるあたりの流域で、丘陵に囲まれている。

【参照イメージ】

【参照地図】

追加情報

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「交流+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 「ユネスコ世界遺産に指定されているバース市街は、標高133m。北と南を囲む丘陵は、最高でも238m(比高105m)。エイヴォン川?が屈曲したあたりの、両岸に渡ってる。
 大げさに言えば盆地なんだけど、今じゃ市街地も回りの丘の外まで広がってる。
 観光の目玉になるスポットは、エイヴォン川右岸(北側)の市街に固まってて、「ロンドンに次ぐ」と言われる数の観光客もこの地域に多いな」―― ワールド・ワイドなバック・パッカー
小辞典版推奨判定
「情報+知性 目標値8〜10」「歴史+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 シティ・オブ・バースは、12世紀のはじめ、ノルマン朝?から勅許状を得た後、5世紀ほど地域の市場町、毛織物業の中心地として栄えた。
 イングランド?の毛織物産業が斜陽になった頃、一時寂れたが、17世紀末頃から鉱泉が注目をあびるようになった。当時は、健康のため鉱泉を飲むことが主だったが、1702年にアン女王が訪問し、貴族たちの間で保養地、社交場として賑わった。
小辞典版推奨判定
「表現+知性 目標値10〜12」「歴史+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 「バースで有名なスポットと言えば、まずローマ式浴場を修復建造した『ローマン・バス』ですな。現在は、建物のほぼ総てが博物館として運営されております。
 次に、バース寺院(バース・アベイ)。これは15世紀から17世紀にかけて建てられた、イングランド・ゴシック・スタイル後期の傑作(後代、改築された部分もありますが)。他に、18世紀のジョージ王朝期に建てられた、ジョージアン・スタイルの建物も多く遺っております。
 『イングランドで最も美しい町』とも言われるバースは、数々の詩に詠われ、小説でも描かれております。同地出身の小説家ジェーン・オースティン?などが、バースにこだわった作家として有名でありましょう」―― 趣味の古美術商
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「表現+知性 目標値10〜12」「歴史+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 現在のバース市街の位置に、A.D.44年にローマ人が建てたのは「アクウェ・スリス(スリス女神の泉)」という町。ローマ人がブリテン島に敷設した軍道の1つが、エイヴォン川と交差する地点に建てられた。周囲が丘陵に囲まれていた立地も建設理由の1つだったと思われる。もう1つの理由は、有名な鉱泉(泉)が湧き出ていたことだろう。
 町は、ケルト系ブリトン人が崇拝していたスリス女神の名にちなみ「アクウェ・スリス」と名づけられたと伝えられていたが、この伝承は、ローマン・バス?からの出土遺物で裏付けられた。ローマ人たちは、鉱泉の位置に、ローマ式大浴場やミネルウァ女神?(ミネルバ女神)を祀った神殿を建てた。現在のバース市街でも、他に2箇所、計3箇所、鉱泉湧出地がある。古代にはもう少しあったかもしれない。
 市街では、3世紀〜4世紀の建造と目される囲壁の跡も確認されている。
 ローマのブリテン島撤収後、アクウェ・スリスは、アングロ・サクソン族に征服された。『アングロ・サクソン年代記?』には、「577年に西サクソン族がアクウェ・スリスを陥落させた」と、記されている。現在の「バース」の名は、アングロ・サクソン族が呼び始めたものがルーツ。
 8世紀にマーシア王国?のオッファ王が、キリスト教会を再建。現在のバース寺院の前進となった修道院、と伝えられている。おそらく、この頃にはローマ時代の市街は廃れており、後にアルフレッド大王?が町を再整備した。これが現在のバース市の直接のルーツと言える。
 バースに司教座が設けられたのは、12世紀のこと。

小辞典版推奨判定
「交流+知性 目標値12〜14」
詳しい情報 「実は、バース市街が今みたいに、海外からの観光客で賑わうようになったのは最近のことらしいんだよね。18世紀には貴族の社交地として賑わったけど、19世紀のイングランドには、庶民の観光旅行ブーム(もちろん国内旅行)があってさ。温泉より海水浴がはやって、バースは時代遅れっぽいイメージになってた。
 海外からの観光客が集まるようになったのは、世界遺産になってからじゃないかな? 時代遅れだったもんで、16世紀頃からの建物が割りと残ってた、てのが幸いしたんだね」―― ワールド・ワイドなバック・パッカー
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「歴史+知性 目標値12〜14」「魔術+知性 目標値14以上」
詳しい情報 バース市街を囲む丘陵地には、ローマ人到来以前の野営地跡が複数、考古学的に確認されている。
 現在の中心市街の位置に、ローマ時代以前、ケルト系ブリトン人の集落があったのだろう、と推測する意見は少なくない。
 あるいは、ブリトン人にとって聖地だった温泉付近にはあえて集落は作られず、訪れる者は周辺の丘陵に野営した、と見る意見もある
 バースの温泉が、ケルト系ブリトン人に神聖視されていたことは、ローマ時代の記録からも確実で、ローマに協力的だったブリトン人たちも多く訪れたことが知られる。ローマ人たちは、ケルトのスリス女神を、ローマの伝統神であるミネルウァ女神と同一視して神殿を建てた。
 温泉は、種々の疾病、特に皮膚病や精神的な不調を癒す、とされていたようだ。
小辞典版推奨判定
「表現+知性 目標値12〜14」「魔術+知性 目標値14以上」
詳しい情報 「バース市街を囲む丘陵地には、アーサー王?関連の伝承が伝わっています。アーサー王がケルト系ブリトン人を率いて、サクソン人たちと会戦、戦勝した『バドニクスの丘の戦い』の戦場がこの丘陵地だ、との伝承です。(同じ伝承は他の土地にも伝わっていますが)
 バースに関わる有名なケルト系の伝承は、もう1つ知られています。鉱泉の発見は、ブリトン人の部族王ブラダッドが、まだ王子だった頃のこと、と言うものです。皮膚病にかかり国を追われたブラダッドが、放浪の末たどり着いたバースの地で泥の沼に浸かると、病が完治したとの伝承です。ブラダッドは王位に就いた後、バースの地に町を建てた、と言います。紀元前9世紀頃のことともされますが、定かではありません。この町も考古学的に確認されていませんしね。
 ちなみに、伝説上のブラダッド王は、後代シェイクスピアが戯曲の題材にしたリア王?の父親と伝えられています。リア王も伝説上の人物ですね」―― 考古学にかぶれた民間伝承研究家

GM向け参考情報

参考用データ

面積
29平方kmほど
 これは、1996年に解体された旧バース地区の面積。世界遺産に指定されている「バース市街」を含んでより広い地域。「バース市街」は、旧バース地区の中心街区と思うといいだろう。
 東京都下、日野市の面積が、27.53平方kmで、やや近い。日野市と言っても、東京以外の人にはピンとこないかもしれない。お台場から明治神宮一帯までの東京都港区の面積が20.34平方kmで、2004年の居住人口が187,872人。
人口
8万人ほど
 これも、旧バース地区に居住している人口の概数。B&NESの人口のおよそ半数、と言われる。

用途

 「バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット」の項を参照されたし。⇒ バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット

 バース市街に限っては、周辺の丘陵地に関わらせたケルト・ネタも有望です。

 また、リアル・ヒストリーにマニアックな題材になりますが、18世紀頃のU.K.貴族の社交界の陰で陰謀組織がうごめいていた秘密、なんてネタもあるかもしれません。

市街構成概要

【参照地図】

 バース市街は、南北の丘陵の間でエイヴォン川?が蛇行する地点の両岸に渡っている。

 エイヴォン川は、Ωの文字を北を上として逆に置き、さらに中心軸を北北西に傾かせたような川筋で流れている。この外側(南側)で国道A36が、開き気味のUの字をやはり逆さにして傾かせたような道筋で敷設されている。

 世界遺産の関連で、「バース市街」と聞いてイメージされるのは、概ねA36の内側(北方向)の市街。この市街地では、西方向と北東方向に敷設されている国道A4が、市街地の通り幾つかを経由して結ばれている。

 列車移動してきた観光客は、まず、エイヴォン川屈曲点の南端(逆さにしたΩ形の底)北岸に設けられた「バース・スパ駅」に降りることになる。

 駅前(駅舎北側)で左右に別れている通りは、次々にストリート名を変えながら、Ω形の円形部内側で環状に近い道筋をなしている。(実際は、少し歪んだダイヤモンド形のようだし、北縁で細い小路を通らないと「環状」にはならない)

 このルートの内側と周縁には、映画館、劇場、レストラン、みやげ物などのショップ、観光案内所、パーキング・エリアなどが多い。

 環状ルートの内側の中央あたり、駅の北北西方向で、ウェスト・ゲイト・ストリートがチープ・ストリートに変わる交差点を東に折れると、右手に「ローマン・バス?」が建っている。

 ローマン・バスの東隣が、「バース寺院(バース・アベイ)」の敷地。チープ・ストリート沿いで、ハイ・ストリートとのT字路に面している。駅のほぼ北方向にあたる。

 概ね南北に走るハイ・ストリートの東側に面して、バース寺院敷地の北に位置するのが、かつての「ギルド・ホール」。現在のBANESカウンシルのオフィスは、このギルド・ホール内に設けられている。

 ギルド・ホールからは離れるが、北西にあたる方向でシャーロット・ストリートとチャールズ・ストリートとに挟まれているのが、小じんまりとした正方形の緑地公園「クイーン・スクウェア」。公園の東縁を縁取って南北に走っているのが、ゲイ・ストリート。

 ゲイ・ストリートを北方向に進みながら、左手に「ロイヤル・ヴィクトリア・パーク」を遠望していると、3階建てのテラス・ハウス(集合住宅)3棟が、円形広場を囲む「ザ・サーカス」に行き着く。

 ザ・サーカスが建つ広場の西北西から伸びるブロック・ストリートを進むと、かつて貴族たちが長期滞在するために建てられた、高級テラス・ハウス、「ロイヤル・クレッセント」がある。

主要スポット

クイーン・スクウェア
 腰くらいの高さのフェンスで囲まれた正方形の公園。小じんまりとした敷地は、芝生の間に樹木が植えられ、四方の柵の内側に木製ベンチが設置されている。中央にオベリスク状のモニュメントが建つが、これは、18世紀に新たに作られた物。
ザ・サーカス
 3つの通りが突き当たっている円形広場の周囲を囲む3棟のテラス・ハウス。地上3階の住宅、総計30から成る。
 広場と言っても、今は中央の緑地はフェンスで囲まれている。各テラス・ハウスは、緑地の周囲を巡る自動車道に沿って湾曲した作り。
 地上3階建てで地下壕も設けられた建物は、外壁が古代ギリシア風の柱で飾られている。1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式と、下層ほどシンプルな装飾で、軽やかな印象を演出している。
 かつては、芸術家や、政治家、軍人などの著名人が住んだ。探険家のデイビッド・リビングストン?が住んだこともある。
バース・アベイ
 現存しているバース寺院の聖堂は、15世紀半ばから17世紀はじめにかけて改築されたもの。「現在も用いられている中世教会建築の最後の1つ」と言われる。内装には19世紀に改修された部分もある。
 この寺院では、イングランド連合王国の初代王、エドガーの戴冠式が執りおこなわれた。
 中世の歴史伝承によれば、マーシア王国のオッファ王が、8世紀に聖ピーター・ポール教会を再建したのが始まり、と伝えられている。
ロイヤル・クレッセント
 18世紀に、貴族の長期滞留用に建てられた高級テラス・ハウス。ヴァチカン?の聖ピエトロ寺院?をイメージ・ソースに設計された、と言われ。30戸の住居が三日月形の円弧を描いて連なる形状から、「クレッセント(三日月)」の名を付けられた。
 各住居は、No.1(1番地)〜No.30(30番地)の名で呼ばれる。現在、No.1 ロイヤル・クレッセントは、ジョージアン・インテリア博物館として利用されている。この博物館では、スタッフもジョージ王朝時代の衣装を身に着け、当時の雰囲気を演出している。
 No.16 ロイヤル・クレッセントは、現在ホテルとして利用されている。バースで最高級のホテルで、PCが通常ミッションの予算で宿泊できるホテルではない、と想定する。(社交技能?の高いキャラの出番です☆)
ローマン・バス?
 1727年に発掘されたローマ式浴場の複合建築を、1880年代に修復した建物。当時新築された部分も複合していて、現在は、ほぼ全体が博物館として運営されている。いつも観光客で混み合っている、バースで1番人気の観光スポット。比較的空いているのは、ウィーク・デイの午前中。それでも、ゆっくり見学すると1時間程度はかかる。
 19世紀に建造された正面玄関は、チープ・ストリートに面している。玄関から入ると、まず、ヴィクトリア朝スタイルのホールに出る。ここで、チケットを購入して入場。
 入場後、最初に出るのは、発掘のため掘り下げられた空間を見下ろすテラス。ここから、広い中庭のようになっているB1レベルを見下ろすと、修復された25m×16mのグレイト・バス(大浴場)を眺められる。
 地階1階にあたるレベルでは、次のような遺構、他を見られる。
  • 今も湧き出している46℃前後の鉱泉を一時溜めておくためローマ人が作った「聖なる泉」(修復されている)。上は吹き抜けで、ちょっと狭い中庭のよう。
  • 泉からの出土遺物を展示しているスペース。(コインなど小さな物が多い)
  • ローマ時代に女神像が納められていた小神殿(祠)の跡。この遺跡は、柵で隔てられた順路から見学できる。
  • 神殿など、泉以外の遺跡からの出土遺物を展示するスペース。(彫像など大きな物が多い)
  • 「聖なる泉」から温水をひく水路。温水が大浴場に流れるように修復されている。流れる鉱水を順路から見学できる。
  • 深さ1.6mの「グレイト・バス」(大浴場)は、B1レベルにあるが、屋外浴場の様子を再現するため、周囲の建物に囲まれ、中庭のようになっている。見学者はB1レベルでも周囲の回廊から見学できる。温水に触れることは自由だが、入浴はできない。
  • グレイト・バスの東側では、屋内に4世紀頃のローマ式浴場の様子が再現されている。
  • グレイト・バスの西側では、屋内にローマ式浴場の保温システム、蒸気システムの仕組みが見て取れる展示が、実物大で再現されている。
  • 出口の手前に、パンフレット、カタログ、模造遺物などを販売しているショップが設けられている。
 地階レベルの正面玄関の西隣には、「ポンプ・ルーム」への出入り口が設けられている。「ポンプ・ルーム」と言うのは、18世紀に浴場の遺跡を眺めながら鉱泉水を飲むために設けられた施設。現在は、レストラン・バーが営まれていて、鉱水を飲用にオーダーすることもできる。
 ポンプ・ルームは、ローマン・バスの建物の一角を占めているが、博物館施設の場外で入場は無料。博物館のホールとの間にも出入り口がある。

バース市街へのアクセス・ルート

 基本的な情報は、「バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット」のページの「バース・アンド・ノース・イースト・サマーセットへのアクセス・ルート」の項を参照してださい。(⇒ バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット

 ここでは、バース市街周辺に限った情報を記します。

自動車道
 ブリストル?方面に続く、国道A4は、バース市街の西部で、シャーロット・ストリートに続いている。ローカルな別称は、「アッパー・ブリストル・ロード」。
 この道は、バース市街で、ロイヤル・ヴィクトリア・パークとクイーン・スクウェアとの間のストリートを通り、市街地の北東で、ロンドン方面に向かう国道A4に通じている。こちらの道のローカルな名は「ロンドン・ロード」。
 エイヴォン川?の南側で、ブリストル方面からバース市街に至る国道A36は、ローカルには「ロウワー・ブリストル・ロード」と呼ばれている。
 この道は、バース市街の北東部で大きくカーブし、サウサンプトン?方面に向かう。しかし、バース市街の周辺では、事実上、A4のバイパス道を成している。
水運
 バース市街北東部でエイヴォン川?に架かっているバルトニー橋の下から、上流3km強(2マイル)に位置するバーサンプトン村との間を回遊する遊覧船が発着している。カヌーや平底ボートを貸し出す業者もいて、この区間の間で舟遊びをすることもできる。

別称類

 ローマ時代の地名は、「アクウェ・スリス(スリ女神の泉)」。後、「アクウェ・カリダイ」の古称でも呼ばれた。

トピック「『バース市街』と『バース市』」

 「バース市」については、世界遺産の解説記事や、旅行ガイド類の間で異なった記述を見かけることがあります。

 ネタを集めようと思って幾つかの資料にあたり、混乱する人もいると思います。

 この件は、「『バース市街』と『バース市』」の項で、簡単な説明をまとめてみました。

 セッションには、まず関係しない話題と思いますが。資料調べをして、かえって混乱してもつまらないでしょう。興味のある人は、参照してください。⇒「バース市街」と「バース市」

活用や検討

活用


検討

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更新日時:2006/08/26 18:26:13
キーワード:
参照:[「バース市街」と「バース市」] [ユネスコ世界遺産] [バース・アンド・ノース・イースト・サマーセット] [スリス女神] [バース]
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