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オセット人

オセット人 オセットじん (Osetiny,Osetian)  暫定版

記事内容追加調査中の暫定版です

PCが予め知ってていい情報

 オセット人は、南北のカフカス地方に集住が見られる民族?集団。

 2006年現在、ロシア連邦南連邦管区に位置する北オセチア共和国?と、グルジア共和国?領内の旧南オセチア自治州?の領域とに集住が多い。

追加情報

小辞典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」「交流+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 オセット人は、旧ソ連時代の1979年の統計では、当時のソ連領内に54万2千人ほどが居住したとされる。この内、30万人ほどが北オセチア共和国に、6万5千人ほどがグルジア共和国の南オセチア自治州?(当時)に居住していた。
 現在のオセチア人の人口については、推計で、およそ60万人ほどと言われている。よく言われる数字としては、北オセチア共和国?を中心にしたロシア連邦領に50万人強、グルジア共和国?では旧南オセチア自治州領域を中心に7万人ほど、トルコ共和国領にも10万人ほどが居住すると言われる。
 現在、ロシア領とグルジア領のオセット人は、その7割ほどがロシア正教?を信奉するキリスト教徒。イスラム教徒は15%ほどで、スンナ派を自認する者がほとんどと言われる。トルコ領内のオセット人はイスラム教信徒が多いと言われる。
小辞典版推奨判定
「言語+知性 目標値10〜12」「交流+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 オセット人は、古代イラン人?の系譜を汲む民族で、その母語は、印欧語族のイラン語派北東語群に分類されている。
 「オセット」の名は他称で、グルジア語からロシア語に採り入れられた呼称。自称民族名は、「イロン」と「ディゴロン」に別れる。この民族自称の使用は、オセット語の東部方言(イロン語)と西部方言(ディゴロン語)の話者集団に概ね一致した。
 現在、北オセチア共和国などで共通語的に用いられているオセット語は、イロン語をベースにしたものになっている。言語学では、ディゴロン語の方が、より古い型を伝えている、と目されている。
小辞典版推奨判定
「表現+知性 目標値10〜12」「言語+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 イラン語系統の古い言語を伝えるオセット人は、言語学、民族学、神話研究、歴史学など、多くの分野で注目される存在。その起原については、18世紀に歴史言語学?が始まって以来、様々に議論されてきたが、現在は古代イラン人の1派アラン人から別れた後裔、とする説が共通了解されている。
 この説の大きな論拠とされているのが、オセット人の民族伝承『ナルト叙事詩』と、そこで使われている言語である。

小辞典版推奨判定
「言語+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 『ナルト叙事詩』などの研究によれば、オセット人の言語は、イラン語派北東語群のホラズム語、サカ語、ソグド語などと近縁関係がある。また、古代サルマタイ人?、古代スキタイ人?の言語とも系譜関係がある、と目される。
 スキタイ人の系譜と目される古代アラン人は、中世グルジア人にアス(人)と呼ばれ、民族集団としては複数形のオウス(族)と呼ばれた。この「オウス」が、ロシア語に入って変化したのが「オセット」。
小辞典版推奨判定
「交流+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 オセット人の伝統的生業は、平地居住集団では農耕を主に牧畜を副業として組み合わせたもの、山地居住集団では逆に、牧畜を主生業に農作を副生業にしていた。平地部ではトウコロコシや小麦が、山間部では冬小麦やライ麦が農作物だった。
 小家族を単位に大家族のつながりを重視する親族関係が重要で、特に平地部では、農耕形態との関連で大家族の社会的意味は重かった。しかし、18世紀に居住地が帝政ロシアに征服された後、封建的な身分制度が発達し大家族の社会的機能は弱まったとされる。

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値14以上」
専門的知識 古代アラン人の1派は、古代の民族大移動期にカフカス地方からヨーロッパ方面に侵出していったが、この集団は長い時間をかけて他民族に吸収同化されていった。
 カフカス地方に残ったアラン人たちは、一時ハザールに従属的になったが、ハザール国家の解体後、大カフカス山脈北麓を勢力圏に独自の国家を形成。あるいは、この頃から、現在のオセット人の祖先集団であるオウス族への移行が始まったのかもしれない。
 アラン人の末裔は、版図を広げた中世グルジア王国との接触からキリスト教を受容。オウス族と呼ばれるようになっていった。
 13世紀前半、オウス族の国家は、モンゴル征西軍に征服され、首邑を始めとする諸都市は壊滅。これ以降オウス人の主力はモンゴル国家に従属した。
 その後、モンゴル国家が大カフカス北方の草原を遊牧地として占有するに連れ、多くのオウス族が大カフカスの山間部と南カフカス地方?とに移住した。この移住者たちが、現在のオセット人の直接の祖先集団にあたる。
 南カフカスの西部に移住したオウス族は、先住のガバルダ人?に従属的になり、イスラム教を伝えられた。後代、彼らはディゴロン系オセチア人の一派になる。大カフカス北斜面の山間部に留まったオウス族がイロン族の祖先集団で、現在の北オセチア共和国のオセット人には概ねこの系統が多い。現、グルジア共和国の旧南オセチア自治州に移住した集団は、当初ディゴロン族に近い別集団だったが、後代ディゴロン系オセチア人の多数派となった。
小辞典版推奨判定
「魔術+知性 目標値14以上」
専門的知識 キリスト教信仰にしろ、イスラム教信仰にしろ、オセット人の間で伝えられた信仰には、精霊崇拝や祖霊崇拝など古代以降の民俗信仰が色濃く伝えられている。俗世の研究者たちも盛んに研究しているところだ。
 例えば、森、樹木、洞窟は精霊の棲家とされ、鉄には魔を退ける力があるとされた。他にも、農耕神、牧畜神、狩猟神などの崇拝の痕跡とされる儀礼もあり、特に農耕儀礼が多く伝わった。呪術的な儀礼も多く知られる。
 旧ソ連時代の近代化により、これらの信仰の多くは廃れたとされる。

GM向け参考情報

 このページの記事内容は、旧南オセチア自治州や、北オセチア共和国を冒険の舞台に用いる場合、必要に応じて意識するといいでしょう。

 グルジア共和国や、ロシア連邦の南連邦管区を舞台にしても、上記の地域に立ち入らないセッションでは、「たまたまPCたちが関わらなかった」ものとして省略して構わないでしょう。

(あえてオセット人のNPCを他地域に出す、というシナリオも否定はしませんが、マスタリングが少々面倒になるかもしれません)

 PCが旧南オセチア自治州や、北オセチア共和国に立ち入る場合でも、シンプルなアクションの舞台として活用するだけなら、グルジア人やロシア人?などとの性格の違いを、少し演出する程度でいいでしょう。

 逆に、ミッションの想定内容が、オセチア人の歴史に深く関わる場合は、上記の地域にPCが立ち入らなくても、記事内容を参考にすることをお勧めします。

リンク

関連項目

  • 北オセチア共和国?
  • グルジア共和国?
  • 南オセチア自治州?

活用や検討

活用


検討

  • 検討の項は記名記入を推奨(無記名記入は書き換えられても仕方なし、ってことで)

更新日時:2006/04/29 12:33:10
キーワード:
参照:[カバルディノ=バルカリア共和国] [北オセティア=アラニア共和国] [グルジア人] [ロシア連邦の南連邦管区] [アジャール人]
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