スコルピオンのメイス・ヘッド
スコルピオンのメイス・ヘッド
「スコルピオンのメイス・ヘッド」は、19世紀末にエジプト=アラブ共和国南部にあるヒエラコンポリスの遺跡から出土した考古遺物で、非実用的な、儀式用武具の頭部。古代エジプト?の先王朝時代?に作製されたと推測されている。
現在は、U.K.(連合王国)のオックスフォード市?に位置する、アシュモリアン博物館?に収蔵。
追加情報
- 小辞典版推奨判定
- 「歴史+知性 目標値10〜12」「表現+知性 目標値12〜14」
- やや詳しい情報 「スコルピオンのメイス・ヘッド」は、儀式用に装飾された大型の王杖、あるいは大きめの鎚のような武具の頭部。
- 表面には、びっしりと薄い浮き彫りが刻まれている。その内に刻まれた蠍形のマークが、「スコルピオン」の呼称の由来。
- また、浮き彫りの内に上エジプトの白冠を被った人物が、弓を携えている姿が刻まれている。同じ遺跡での発掘で出土したナルメルのメイス・ヘッドが、表面に王位更新祭(セド祭)の模様を刻み、より儀礼的であるのに対し、スコルピオンのメイス・ヘッドは戦闘の顛末を思わせる一連の情景が重ねあわされたように描かれている点が注目される。
- 小辞典版推奨判定
- 「歴史+知性 目標値12〜14」「表現+知性 目標値12〜14」
- 詳しい情報 メイス・ヘッドの持ち主を描いたと目される人物は「スコルピオン・キング」と仮称された。この人物の素性を巡り「スコルピオン論争」と呼べる一連の議論が起きた。(参照⇒ スコルピオン・キング)
- 「スコルピオン論争」の中心話題は、「スコルピオン・メイスヘッドの持ち主は何者だったか?」との疑問だったが、後代の伝統で上エジプトの支配者の被り物とされた白冠を被った姿で描かれていたことから、複雑な議論に関わっていった。「最初のファラオ?(エジプトの統一王)は誰か?」という議論と、「ナルメルとメネスとの関係」を巡る議論(この2つは密接に関係した話題だ)が、「スコルピオン・メイスヘッドの持ち主」についての議論と絡まり、議論は複雑化せざるを得なかった。
シナリオ・メイク用参考情報
【参照】
- スコルピオンのメイス・ヘッド写真(The Egypt Archive)
写真右手に立つ人物が、上エジプトの白冠を被っているのが見える。残念ながらこのアングルからは、携えられている弓は見えない。
- 形状
- 3Dの涙滴形フィギュアの尾部を水平に切り落としたような形状。あるいは、浮遊中の熱気球のバルーン部分だけを切り離したような、膨らみをもった球形。
- 底面に支持棒を差し込んだと思われる穴があけられている。
- 素材
- 石灰岩。
- サイズ
- 平均的な成人男性が、片手で持つと−1状態を被る程度か(?)。
- 頭部のみで、Enc?5〜6程度?
- 補足情報
- 出土状況 「スコルピオンのメイス・ヘッド」は、ヒエラコンポリスの遺跡での、1897年〜1898年の発掘で出土した遺物。このときの発掘では、ナルメルのメイス・ヘッド、ナルメルの化粧パレット、他も発掘された。
- 上記3つの出土品は、ほぼ同じ位置かかなり近い地点から出土したらしいが、当時の発掘記録が不十分だったため曖昧。ともあれ、先王朝時代?〜初期王朝時代?に制作されたと目される3つの工芸品は、後代なんらかの理由でヒエラコンポリスの神殿に埋蔵された、と推定されている。
- 埋蔵の理由が、古王国時代末期の混乱から宝物を護る目的だったのか、あるいは、なんらかの宗教儀式に伴う神への奉納が意図されたものだったか、定かではない。
キーワード:
参照:[ナルメルのメイス・ヘッド] [ナルメルの化粧パレット] [エジプト誌] [メネス] [アーティファクツやオーパーツ・ソース] [ヒエラコンポリスの遺跡]