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アフィントン・ホワイトホース

アフィントン・ホワイトホース (Uffigton White Horse) 暫定版

記事内容追加調査中の暫定版です

PCが予め知ってていい情報

 「アフィントン・ホワイトホース」は、南東イングランド北西部に位置するオックスフォードシャーの南西端近くに遺るチョーク・フィギュア。古代から用いられていた尾根道に臨んだ丘陵の、斜面に刻まれている。この丘のすぐ南を、現在のリッヂウェイ・ナショナル・トレイル?が通過している。

 また、マウント遺跡であるアフィントン・キャッスル?も近接している。

 遺跡を擁すホワイトホース谷?地区(ヴェイル・オブ・ホワイトホース)は、現在の行政区分ではオックスフォードシャーに属すが、伝統的地域区分?ではウィルトシャー?の一部を成す。フィギュアは、テイムズ川?の南方で、地上180mほど(標高261m)の丘の上部に近い北西斜面に刻まれている。ちなみに、この丘の頂点は、オックスフォードシャー県域の最高点になっている。

 アフィントン・ホワイトホース は、おそらくイングランド?に遺るチョーク・フィギュアの内で、最も有名な作例の1つ。

追加情報

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」「情報+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 アフィントン・ホワイトホースは、極端にデザイン化された絵柄のチョーク・フィギュア。114m×49mほどの区画を占めている図像は、遠くから眺めないと、馬の絵とは判別しづらい。中世に遡る古い地域伝承では、ドラゴンの絵だと言われていた。一方、11世紀には、すでに白馬の絵として記している記録が見られる。
 ホワイトホース谷地区は、1974年にバークシャー?からオックスフォードシャーに移入された。現在のホワイトホース谷地区は、オックスフォードシャーをなしている5地区の内、南西域を占めている。白馬のフィギュアは、地域の行政中心であるアビンドンの町の南西34km、ウォンテイジの町から8kmほど西、アフィントンの村の南2kmほどにあたる。
 地域では、チョーク・フィギュアが刻まれている丘だけでなく、隣接して周囲を囲んでいる小丘陵を含む一帯が「ホワイトホース・ヒル」の名で呼ばれている。
 フィギュアを最もよく眺められるのは上空からだが、天候がよければ32m(20マイル)ほど離れた丘の上からもよく見える。また、近隣に位置する大コックスウェッル村(Great Coxwell)からも晴れた日には遠望できる。他に、白馬が刻まれた丘の北に隣接するドラゴン・ヒルの上、周辺の北から西にかけての小丘陵上部で、傾斜が緩くなっている幾つかの地点からもよく見える。
小辞典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」「歴史+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 アフィントン・ホワイトホースは、19世紀後半からは地域による定期的補修がおこなわれなくなり、不明瞭化していた。これを修復し、現在も管理しているのはイングリッシュ・ヘリティジ?である。
 19世紀まで、フィギュアは7年に1度開催された伝統的な祭りに際して修復作業がなされていた。一方で、白馬を的にした射的大会も催されていたが、遺跡管理がイングリッシュ・ヘリティジに委ねられるようになった現在、遺跡地帯ではこのような催しはなされていない。
 2002年8月、「リアル・カントリーサイド・アライアンス」と称した何者かが、白馬の近くに刻まれていた騎手と3頭の犬のチョーク・フィギュアを消去した。騎手と犬は、後代の増築と知られていたが、この行動は物議をかもし、カントリーサイド・アライアンス?は非難コメントを公表した。
 現在、イングリッシュ・ヘリティジ?は、騎手や3頭の犬の復元は考えていないようだ。
小辞典版推奨判定
「交流+知性 目標値10〜12」「表現+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 かつて、7年ごとにおこなわれていた地域の祭りは、記録が残っている範囲では地域の領主の責務として主催される慣わしだった。民俗研究のジャンルでは、この習慣は地域に領主権が確立するのと並行して固まった習慣と考えられている。領主は領民の民意を掌握するために祭りを主催せざるを得なかった、と言う見かただ。
 祭りの風習がいつまで遡るものかは、民俗学の手法では検討しようがない。慎重な意見では、付近に入植したアングロ・サクソンのオクソン族がはじめたものと言われ、ロマンチックな意見では、オクソン族が地域の先住民から祭りを引き継いだ可能性が指摘されている。より多くの民俗研究者は、率直に、そうした問題は、民俗学で扱える範囲外、と認めている。
 ともあれ、祭りは、最も盛んだった時期には3日以上に渡って催された。祭りの中心地は、ホワイトホースのフィギュア自体ではなく、フィギュアの南で、上空から見ると丁度、馬の後脚に踏まれているように見える、アフィントン・キャッスル?。このマウント遺跡は、祭りのたびに、レスリング大会をはじめとした様々な娯楽の会場とされた。ただし、祭りはアフィントン・キャッスルだけで催されたわけではなく、白馬が刻まれた丘と北のドラゴン・ヒルとの間の谷あい地など、白馬の丘の周辺一帯で開催されていた。

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値12〜14」「表現+知性 目標値14以上」
詳しい情報 ホワイトホースのフィギュアが刻まれている丘の周辺には、幾つかの遺跡が散在している。
 まず、フィギュアの刻まれている丘のすぐ南には、ケルト時代のマウント遺跡アフィントン・キャッスル?が位置。西2kmほどには、新石器時代の石室墓ウェイランズ・スミッシィがある。
 2km離れた庭園に据えられている「サラセン・ストーン」と呼ばれる遺物を、18世紀の中ごろ白馬の丘から移された物だ、と主張する研究者もいる。
小辞典版推奨判定
「表現+知性 目標値12〜14」「交流+知性 目標値14以上」
詳しい情報 ホワイトホースが刻まれた丘の周辺にあるのは、普通の遺跡だけではない。伝説がまつわるスポットも多い。
 まず、フィギュアの刻まれている丘のすぐ北に隣接するドラゴン・ヒルだが、ローカルな伝説では、こここそ聖ジョージ?が竜を倒した場所だ、とされている。この伝承は、丘に刻まれたフィギュアは馬の像ではなく、聖ジョージに倒されたドラゴンが形象られたもの、と続く。
 丘の北、ドラゴン・ヒルの南西にあたる谷あい地(ローカルに「メインジャー」と呼ばれている)では、月明かりの明るい夜に旅人が野営していると、丘から起き上がった白馬が草を食むのが見られる、と伝えられている。
 アフィントン・キャッスルも様々な伝説を伝えているが、「アーサー王?がサクソン勢との野戦に勝った場所」とする伝説が最も有名なものかもしれない。
 丘の西に位置するウェイランズ・スミッシィも、「見えずの鍛冶屋(invisible smith)」の古い妖精伝説を持つ。
 もちろん、白馬の丘自体にも伝説は多い。建設者についてだけでも、幾つかの伝説や仮説が、並行して語られてきた。
  • 白馬は、9世紀にアルフレッド大王?が、デーン人に打ち勝った後に、記念として建造するよう大王自身が命じた。
  • 白馬は、5世紀にアングロ・サクソン系部族の有力者だったヘンギストが、刻んだ。
  • フィギュアは白馬ではなく、ドラゴン・ヒルで聖ジョージに打ち倒された竜を形象ったものだ。(キリスト教に改修した地元民が築いた)
  • 白馬は、ケルト系のベルガエ族が、古代ガリア?で崇拝していた女神、ポエナ?の崇拝所だ。
  • 白馬は、ケルト時代に、ウィルトシャーの一帯で有力だったケルト系部族の部族シンボルだった。
  • 白馬は、馬を伴うケルトの太陽神ベリナス?の祭儀場だった。

小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値12〜14」
専門的知識 アフィントン・ホワイトホースは、現在、バークシャーからウィルトシャー?にかけての地域に複数遺る白馬のチョーク・フィギュアの内、最も古い物、と目されている。モダンな感じすらするデザイン画風のスタイルは、他の白馬のフィギュアとは、あきらかに異なっている。図像の大きさも、他のホワイトホース・フィギュアの2倍近い。
 18世紀〜19世紀のロマンティックな考古研究では、もっぱら、近隣のホワイトホース・フィギュアと共にケルト時代の作だろう、と言われていた。この説は長い間信じられていたが、1994年に行われた考古調査の結果、青銅器時代末期のB.C.1400年頃〜B.C.600年頃の作とのデータが出た。他の状況証拠も併せて判断すると、おそらくB.C.1200年〜BC.800年頃の作だろうと鑑定された。
 ケルト系部族のブリテン島渡来は、B.C.900年頃〜B.C.600年頃とされているので、このデータと鑑定結果は、なかなか微妙な数値だだ。
 基礎データは、1990年代に実用化されたOSL?(Optically stimulated luminescence dating method)の手法で、チョーク・ラインの下の土壌が陽光から遮断された年代(つまり土中に埋まっていた年数)を測定したもの。
 チョーク・フィギュア作成の意図については今でも議論がある。ただ、ロマン主義時代から唱えられていたケルト系の起源説も根強い。
 ことに「馬の図像は、ケルト系部族が作ったコインの図柄から採られた」とする根拠はよく唱えられている。一方、専門研究者の間には、この根拠への反論も聞かれる。一般に、ケルト系部族は、貨幣経済に馴染まず、部族長がコインの鋳造を選択しても、部族が支配的な領域を離れると流通しなくなる、部族長の代が代わるとたちまち廃れる、などの特長が知られている。今風に言うなら、“地域通貨”的なものしか知られていない。このため、ケルト系コインは多種が比較的少量ずつ、偏った地域から出土するか、退蔵を推測させる型で固まって出土する。
 専門研究家の間では、「ケルト系コインの方が、馬の図像を採用した地域通貨的なものだった可能性」を指摘する意見も少なくない。
 考古研究の専門家の間で、有力説に成ってきているのは、古い尾根道を行き来した人々に向け、このスポットで馬を貸し出したり、物々交換に応じる馬市が開かれていることを示したシンボル、と言う説。現在の広告塔のような役割で作られた、と言う説だ。一見突飛に聞こえるこの説は、ローマ人侵出前後の地域社会についての古代記録を根拠に唱えられている。
 近年の研究では、実は、アンフィトン・キャッスルが、ケルト時代に交易所として活用された場所だったと考えられるようになっている。そして、この交易市を、ケルト人が先住者から引き継いだもの、と見るのが「広告塔説」になる。

GM向け参考情報

 「ホワイトホース」については、ルールブック限定情報、第37章の内に、極、短い記述があります。

 この記述は、アフィントン・ホワイトホースだけでなく、類例の白馬フィギュアについてであり、ひいてはチョーク・フィギュア全般についてのアイディア・フックになっているように思えます。

用途

 「アンフィトン・ホワイトホース」及び、一帯の地域は、「ブルーローズ」の典型的な冒険では、クライマックス場面には向きません。逆に、導入場面や、冒険途上のステップの背景としては、使いようでおもしろく使えそうです。

 うえの評価は、「ブルーローズ」を使ったオフ・スタンダードな冒険で、地域をクライマックス場面に想定してうまく使っていく路線を否定するものではありません。ただし、そうしたオフ・スタンダードなシナリオの作成は、「ブルーローズ」に慣れたGMさんがチャレンジすべきかと思われます。

 セッションも、目安としては、3〜4回のキャンペーンに1度くらい、というペースあたりが適当なのではないでしょうか(?)。

遺跡周辺の概況

【参照】

 まず、Map of The Ridgeway National Trail で、Whiehorse Hill の場所を確認してください。全体地図の右下1/4区画の左上あたりで、ナショナル・トレイルの北(上)に隣接しています。

 次に、Position of the Uffington white horse を開いてください。2つの地図は、相互参照するとシナリオ・メイクに役立ちます。

 ホワイトホース・フィギュア、アフィントン・キャッスル?、ドラゴン・ヒルが固まっている地域は、概ねリッヂウェイ・ナショナル・トレイル?と、北を走る地方道との間に挟まれています。(アフィントン・キャッスルだけは、ナショナル・トレイルのすぐ南に隣接しています)

遺跡類の位置関係は、――
 地図で確認してください。
 ホワイトホースの丘より、なお低いドラゴン・ヒルの南が、ホワイトホースの丘。
 ドラゴン・ヒルの南西、フィギュアのある丘の北西が、ホワイトホースが草を食べると言うメインジャー。フィギュアの丘の南を、リッヂウェイ・ナショナル・トレイルが走っていて。トレイルの南、フィギュアの丘の南東がアフィントン・キャッスル?
 メインジャーの西北西に、小さなパーキング・エリアがありますね。パーキング・エリア沿いの道に描き込まれてる矢印は、斜面の傾斜を示すもので、一通の表示ではない、ってことにしてマスタリングするのがいいと思います。
リッヂウェイ・ナショナル・トレイルとは、――
 古代から中世にかけて、地域で用いられた尾根道(Ridge way)に概ね沿うように敷設された、トレッキング・コース。イングランド最長のコースで、自動車類の乗り入れは禁じられているが、ジョギングやウォーキングをする人に混じって、サイクリングをする人、乗馬(ライディング)をする人が入り混じっている。徒歩派、自転車派、乗馬派の間には、トレイルの利用法について、利害の対立もある。(例えば、乗馬派はちゃんと馬糞を持ち帰れ、とか)
 このコース沿いには、多数の遺跡が散在している。
遺跡地帯の景観や状況は、――
 今度は、上空から写したホワイトホースの写真Wiltshire White Horses)も見てください。
 景観は大体こんな感じです。ホワイトホース谷地区は、農牧業の盛んな田園地帯ですが、アフィントンの村は北に離れており、丘陵が連続しているホワイトホース・ヒルのあたりは、ほとんど農耕地に利用されていない、と想定します。かつては、牧畜に用いられていたかもしれませんが、現在は、もっぱら、トレッキング・コースの利用者とその他の観光客とを相手にした、ユースホステルやB&Bが散在。本格的なホテルや、インは近くには無いと想定。
 と言うのも、このあたりへの渡来客は、トレッキング・コースの利用者の方が観光客より多めだからです。有名なホワイトホースですから、半々程度、と想定しておきましょうか。
 オックスフォードシャー自体には、訪れる観光客は多いのですが、彼らのほとんどは、オックスフォード市?観光を済ませると帰郷するか別の観光地に移動します。ホワイトホースあたりまで足を伸ばす観光客は、皆無ではありませんが、決して多くはありません。エジプトやギリシアのようなお国柄ではありませんので、古代遺跡に興味を持つ観光客は多数派ではないのです。中世城砦建築目当ての観光客の方がまだ多いくらいと想定しておきます。

遺跡へのアクセス・ルート

グレイター・ロンドンからの自動車移動
 おそらくは、高速道M4経由で、バークシャー?のレディング?に入り、主要地方道を通って、ホワイトホース谷地区の行政中心ウォンテイヂへ。ウォンテイヂからは、単なる地方道を選んで、遺跡地帯の北を東西に走っている道に乗る。これが一番早いだろう。
 ウォンテイヂから、遺跡地帯近傍に至る地方道の道路設備の格は、イングランドの地方道としてはまあまあと想定。
 この場合の「まあまあ」とは、日本の事例と比較すると、舗装はされているけど、廃れている旧道といったイメージがいいでしょう。概ね次のような格と想定します――
  • 舗装はされているが、2車線で、道幅は狭い。その分、交通量は少ないので、状況はまあまあ。
  • 周囲はのどかな田園地帯だが、突然羊の群れに遮られたり、牛が道路の上で寝そべったりしてるほど田舎でもないので、これもまあまあ。
グレイター・ロンドンからの鉄道移動
 グレイター・ロンドンからだと、自動車移動の方が結局早い。地図を見ると、遺跡の北に鉄路が敷設されているが、実はこの鉄路はオックスフォードシャーの南部を掠めるだけで、停車駅は無い。最寄駅は、バークシャーのレディングと、ウィルトシャー?のチッペンハム。
ヘリコプター類で移動
 イングランド?国内でもありますし、遺跡の性格からしても、倒壊云々と言うこともないでしょう。断続的に、発掘調査がなされているわけでもありません。
 通常は、遺跡地帯からそれなりに距離をとった場所に離着陸するべきですが、この地域に限っては、ミッションにかかわる緊急事態で遺跡間際に離着陸しても、後からイングリッシュ・ヘリテイヂ?に始末書を出す程度で済む、と想定します。
 ただし、アフィントン・キャッスル?の内外には、緊急事態でも離着陸を避けるべきと推奨します。何しろ、土を盛り固めただけのマウント遺跡ですから。
 なお、GMには、遺跡近傍への着陸に際しては、それでも判定をすべきだろう、と提案しておきます。大失敗などで、被害を出したら、例えミッションが成功しても、ギャラから修復用費用を差し引いていくべきでしょう。分割もありとします。

リンク

関連項目

活用や検討

活用


検討

  • 検討の項は記名記入を推奨(無記名記入は書き換えられても仕方なし、ってことで)

更新日時:2006/05/03 08:02:52
キーワード:
参照:[ヒル・フィギュア] [遺跡] [チョーク・フィギュア] [ウェイランズ・スミッシィ]
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