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モンテネグロ

モンテネグロ (暫定版)

記事内容追加調査中の暫定版です

英語名
Montenegro
モンテネグロ語?
Crna Gora
(モンテネグロ語?は、モンテネグロの国定公用語

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 モンテネグロは、バルカン地域の東部でアドリア海?に面す山がちな小国。

 旧ユーゴスラヴィア連邦?を構成していた国の1つで、1990年代のユーゴスラヴィア連邦解体過程では、セルビア共和国と協調的だった。新ユーゴスラヴィア共和国(後のセルビア=モンテネグロ)を構成したが、その後、セルビアに対し政治的な距離を置くようになった。

 2006年5月におこなわれた国民投票で、セルビア=モンテネグロからの分離独立が、僅差で採決された。さほど日を置かず、セルビア共和国大統領も国民投票の結果を容認する旨、公式にコメント。分離独立の方針が確定した。

近隣諸国
 アドリア海に面して、北でボスニア=ヘルツェゴビナ、及びクロアチア共和国と国境を接す(クロアチアとの国境部は、沿岸部に限定され、極短い)。
 南では、アルバニア共和国と国境を接し、アドリア海を介しては、イタリア共和国の南東部に対面している。
 東方の内陸部ではセルビア共和国と国境を接す。内、南東部の国境はコソヴォ=メトヒヤの領域になっている。
国名
 「モンテネグロ」の国名は、ヴェネト語?(イタリア語のヴェネティア方言)を経て、英語、他に入ったもの。略称として国際的に広く通用している。
 独立後、短期間「モンテネグロ共和国」を英語の国家名正称にしていたが、2007年にモンテネグロ語正称を「ツルナ・ゴーラ」に、英語名正称を「モンテネグロ」に変更
 「ツルナ・ゴーラ」は「黒い山」を意味するが、これはヴェネト語の「モンテ・ネグロ」も同じ意味。
国際関係
 2006年5月、モンテネグロのセルビア=モンテネグロからの独立を採択した国民投票の数日前、セルビア=モンテネグロが進めていたEUへの加盟交渉が、EU側から停止(凍結)を通告された。理由は、セルビア=モンテネグロ政府が国際的に確約していた、旧ユーゴの戦犯容疑者の逮捕と引渡しを果たしていない、とのもの。
 国民投票は、2003年のセルビア=モンテネグロを結成時から予定されていたものだったので、予定通りおこなわれた。セルビア側からも投票結果を受け入れる旨公式コメントがなされた以上、国連や国際機構への独自加盟、EUへの独自加盟が中〜短期の外交課題になるはずだ。
地域
 モンテネグロは、アドリア海の海岸間際まで山地が迫る。平坦地は、南西部のスカダルスコ湖(シュコダル湖?)周辺以外は、沿岸北部に幅の狭い海岸部が断続する程度。(スカダルスコ湖周辺平地は、アルバニア共和国領にも広がっている)
 内陸山地は、大きな渓谷を目安にして、北部山地、東部山地、西部山地に大別することもできる。
国情
 2006年5月にセルビア=モンテネグロからの独立を採択した国民投票は、有効投票率86.5%、賛成55.5%を獲た。EUが仲介する型で、モンテネグロの諸政党が事前合意していた条件は、50%以上の投票率と55%以上の賛成というものだったが、投票率は大幅に上回ったものの、分離採択は2分された民意の僅差での選択となった。
 元々、モンテネグロ人は、南スラブ系のエスニック・グループの内でも、セルビア人と極めて近縁であり、セルビアとの分離を望まない国民は多かった。ことに北部山地の住民には、「セルビアとの経済関係が絶たれて、地域社会が沈滞するのではないか」との懸念もあったようだ。
 モンテネグロの国情は、旧ユーゴ領での内紛が国際介入で終息して以降、比較的平穏。今後は、経済再建が内政の優先課題になるだろう。また、独立を巡って二分された型が浮き彫りになった民意を調整していくことも課題になると思われる。
歴史
 モンテネグロが、セルビア共和国と「新ユーゴスラヴィア共和国」の発足を宣言したのは、1992年のこと。1997年頃から、モンテネグロ側で、セルビアとの政治的距離をとる動きが目立ちはじめた。コソヴォ紛争が激化した1999年には、モンテネグロ当局はセルビア政府の行動を非難。積極的にアルバニア系難民を受け入れた。
 1999年は、NATO軍がセルビアへの限定空爆と進駐をおこない、国連コソヴォ暫定統治機構(UNMIK)が設立された年にあたる。当時、EUは、新ユーゴスラビア共和国(セルビア=モンテネグロ)の体制でのEU加盟以外には応じない、との方針を打ち出していた。しかし、2003年に、国家体制をより緩やかに改変し「セルビア=モンテネグロ」と改称した段階では、セルビアとモンテネグロの2国間では、3年後には分離独立を選択する権利を保障する申し合わせがなされていた。
 その後モンテネグロ当局の分離推進派は、ユーロの流通、セルビアから独立した関税機構の確立、独自軍の整備、と着実に独立の準備を進めてきていた。
考古学関係
 セルビア=モンテネグロの地域では、古代ローマの遺跡が多く、それ以前のイリュリア人などの遺跡も期待される。
 ただ、セルビアからの分離独立を推進する過程で、「モンテネグロ人は、南スラブ系民族と、先住イリュリア人の混交で生まれた」との説が、政治的意図から過大に吹聴されたふしはある。
 言うまでもないが、南スラブ系民族が、現在のモンテネグロに進出してくる以前、すでに古代イリュリア人はラテン人などイタリア半島からの移住者と混交していたのであり、ビザンツ時代には、ギリシア化も進んでいた。
 イリュリア人とスラブ人の混交だけを過大に評価する説は、歴史の物語化と言わざるを得ない。
 ブルーローズ調査ミッションも、部外者から財団?が意図せぬ政治的な宣伝に利用されることも、あり得ないことではない。
 ミッションの遂行中に入手した情報の管理については、くれぐれも充分注意してもらいたい。

モンテネグロの地図

モンテネグロの参照画像集

追加情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。
小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 近代モンテネグロの、国家としてのルーツは、12世紀に成立したネマーニャ朝セルビア王国が、14世紀に最大版図を確立した時期あたりまでは遡れるだろう。
(エスニック・グループとしてのモンテネグロ人の歴史は、もう少し前まで遡れるだろう。おそらくは、6〜7世紀頃にバルカン半島西部の山岳地帯に定着した南スラブ系の集団が、セルビア人の祖先集団との交流を維持しつつ分化したのがモンテネグロ人だと思われる)
 14世紀末には、南スラブ系諸民族の連合軍が、コソヴォの戦い?で、オスマン=トルコ帝国に敗退。以降、バルカン地域のほとんどは、オスマン帝国の服属地となった。
 モンテネグロの地域では、16世紀からツェティニェ家が宗教的な統治体制を確立。オスマン帝国に朝貢をしながら、主教座を継承していった。
 19世紀にツェティニェ家の後裔が、国家を世俗化させる道を選んだ結果成立したのが、モンテネグロ公国である。モンテネグロ公国は帝政ロシアの後ろ盾を得て、宗主国オスマン=トルコに対する反乱を起こした。19世紀末には、露土戦争の講和条約であるサン・ステファノ条約、ベルリン条約でオスマン帝国からの独立が国際承認された。
 モンテネグロ公国は第1次世界大戦に際して、セルビア王国を支援。これが災いして、オーストリア=ハンガリー帝国に占領された。この占領は、セルビア軍に“解放”されたが、モンテネグロ公がフランスへ亡命していたのに付け込まれ、モンテネグロ地域は、セルビア=クロアチア=スロベニア王国の一部として併合されてしまう。このセルビア=クロアチア=スロベニア王国が改称したのが、ユーゴスラビア王国であり、ユーゴスラビアの一部としてのモンテネグロ史も、同王国への併合時点に始まった、と言える。

GM向け参考情報

  • GM向けの補足情報、マスタリング・チップス、アイデア・フックなど

位置(再整理)

 モンテネグロは、バルカン地域の東部でアドリア海?に面す山がちな小国。

近隣諸国
 アドリア海に面して、北でボスニア=ヘルツェゴビナ、及びクロアチア共和国と国境を接す(クロアチアとの国境部は、沿岸部に限定され、極短い)。
 南では、アルバニア共和国と国境を接し、アドリア海を介しては、イタリア共和国の南東部に対面している。
 東方の内陸部ではセルビア共和国と国境を接す。内、南東部の国境はコソヴォ=メトヒヤの領域になっている。

基本情報

  • 目標値8〜10程度の簡単な判定で、PCが知ってることにして構わないでしょう。場合によってはプレイヤーに事前提示しても可。

モンテネグロの基本情報 2009年版
(別ウィンドウで並べて見ると、多分便利)

用途

 モンテネグロは、全般に山がちで、日本の長野県にほぼ等しい国土に、60万人強の人口が居住。平均人口密度48人程度は、日本の14%弱、U.K.(連合王国)の2割弱です。

 ちなみに、長野県の面積は13,585平方km。人口は2002年の統計で2,204,498人でモンテネグロの3.7倍弱。平均人口密度を比べると、長野県は1平方kmあたり162ほどで、モンテネグロの3.4倍弱になってます。

 セルビア=モンテネグロ全域の都市居住率は5割ほどとのことですが、モンテネグロの内陸部では、もっと高い数値と想定していいでしょう。

 山間地など、舞台さえ選べば、かなり派手めの戦闘アクションをおこなっても、異常事態を起しても、事後収拾はなんとかできそうです。

 例えば、シナリオ冒頭で戦闘アクションをこなしてからオープン・ミッションの指令に移る変則構成のホット・スタート・シナリオなどに使えます。もちろん、適当なオーパーツさえ設定すればクライマックスの舞台にも使えるでしょう。

地勢と地域

地勢と環境

 アドリア海?沿岸近くまで山地が迫り国土のほとんどは山地帯。

 山地帯は石灰岩の多いカルスト地形が主で、緑は少な目。内陸部の気候は温暖湿潤気候にあたるが、冬季の冷え込みは厳しい。

 アルバニア共和国と国境を接す内陸部には、スカダルスコ湖(シュコダル湖?)の周辺に盆地地状の平地も擁す。奥行きの狭い沿岸平地と、スカダルスコ湖周辺の平地部は地中海性気候で温和。

 首都ポドゴリツァ?も、スカダルスコ湖北方の山裾でリム川沿い渓谷の延長に存在。(リム川は内陸河川であり、ポドゴリツァの北方山中にて途絶えている)

地域区分

 モンテネグロの国土面積は、セルビア=モンテネグロ全域の13%ほど。コソヴォ=メトヒヤ自治州を除いたセルビア共和国との対比では、15%ほどにあたります。

 2006年現在、モンテネグロは21の行政区に区分されています。

 さしあたり、地域を以下のように整理していくと把握し易いでしょう。

北部山地
 モンテネグロ国土中ほどの山地から発し、概ね北西流しながらボスニア=ヘルツェゴビナ国境に至るピヴァ川と、セルビア共和国首都のベオグラード?とモンテネグロ首都のポドゴリツァ?とを結ぶ基幹鉄路が通るリム川の渓谷部とに挟まれた内陸の山地。
 2000m内外の山地が主で、ドゥルミトル山?(標高、2,522m)を擁す。北西でボスニア=ヘルツェゴビナ領と、北東でセルビア共和国領と接している。
東部山地
 ポドゴリツァ?とベオグラード?とを結んでいる基幹鉄路が通るリム川渓谷部以東の山地。
 2000m内外の山地が主で、南縁はスカダルスコ湖(シュコダル湖?)を囲む平地に迫っている。北部でセルビア共和国領と、東部でコソヴォ・メトヒア自治州?の領域と、南東でアルバニア領と接している。アルバニアとの国境部近辺に、モンテングロ領の最高峰、イェゼルツァス山(標高2,693m)の頂が存在。同山の斜面は国境をまたいで広がっている。
西部山地
内陸部 リム川の渓谷部以西の山地。広い意味でのディナル・アルプスの南部山地にあたる。
 内陸部は、1,500m〜2,000m内外の頂が多く、概ねドゥミトル山塊に占められている。この山塊は、広義のディナル・アルプス最高峰のドゥミトル山(標高2,522m)を擁す。い。
アドリア海沿岸部 アドリア海沿岸に並走している山地は500m〜1,000m程度の山地、と丘陵地とが断続。アドリア海?沿岸の西部にはコトル湾?が存在。コトル湾の西方から、北方にかけては、西部山地い連なる山裾が海岸近くまで迫っている。
 コトル湾の東からは、山地がアドリア海沿岸に並走。この山地の東部では、北麓がスカダルスコ湖周辺平地に連なっている。
スカダルスコ湖周辺平地
 スカダルスコ湖(シュコダル湖?)は、モンテングロ領とアルバニア領とにまたがり、湖面の東西中ほどを両国の国境が通っている。
 スカダルスコ湖周辺の平地は、南側が、アドリア海沿岸の山地に縁取られいる。アルバニア側の湖東端がわずかに沿岸平地に開けた、ほとんど盆地に等しい地形になっている。

人口分布

 リム川渓谷部に位置する都市と、スカダルスコ湖(シュコダル湖?)周辺平地とに人口は多い。他に、アドリア海沿岸部の居住も多い。

主要都市

西部山地
ニクシッチ
スカダルスコ湖周辺平地
ポドゴリツァ?(首都)
アドリア海沿岸部
コトル?(カッターロ)、バール?

正規の出入国ゲート

 2005年現在、モンテネグロでは、セルビア・ディナールではなくユーロが流通している、などの関係から国境や税関も独自の管理で運営されている。

 厳密には、セルビア共和国との間の往来は出入国にはあたらないが、以下では準じるものとして整理する。

スカイ・ゲート
 首都ポドゴリツァ?近傍に国際空港が存在。
国際鉄路
 セルビア共和国首都のベオグラード?からの鉄路が1本、リム川沿い渓谷を経て概ね南下。ポドゴリツァ?を経由した後、アドリア海?沿岸の港湾都市バール?にまで至っている(バールが終点)。
 アルバニア共和国からの国際鉄路が1本、スカダルスコ湖(シュコダル湖?)北岸を周ってポドゴリツァに至っている。
 ボスニア=ヘルツェゴビナクロアチア共和国との間には国際鉄路は布設されていない。
国際自動車道
 セルビア共和国首都のベオグラードから続く自動車道が1本、リム川の渓谷沿いの渓谷を経て、鉄路に絡むように南下、ポドゴリツァ?に至っている。このルートは、モンテングロ共和国北部にて、セルビア共和国との境界手前で東にも分岐。分岐ルートは、セルビア共和国領内でコソヴォ=メトヒヤ自治州の外縁を回り込んだ後、自治州北東部に入っていく。
 アルバニア共和国の首都ティラナ?に通じる国際自動車道が1本、国際鉄路に絡むように走り、ポドゴリツァに至っている。
 ボスニア=ヘルツェゴビナとの間には、2本の国際自動車道が布設されている。内、北側の2本は、ドゥミトル山塊内の地方都市ニクシッチのあたりから分岐。最北のルートは、山地を通ってサラエヴォ?へ至る。南寄りのルートは、ボスニア=ヘルツェゴビナ領内に入った後、沿岸丘陵地の鞍部を西に向かい、クロアチア共和国領の港湾都市ドブロニク?に至っている。なお、モンテネグロ首都のポドゴリツァからは基幹的な山岳道がニクシッチ方面に通じており、このルートが上記2本の国際自動車道に分岐している。
 以上、2本の国際自動車道は、普段から出入国管理が厳しいと想定。(2005年現在、シナリオの都合で、ボスニア=ヘルツェゴビナ側、あるいは、モンテネグロ側の判断で、一時通交禁止、と処理しても不自然ではないかもしれません)
 モンテネグロからクロアチアへは、アドリア海?沿岸部を通るルート。このルートは、コトル湾?の北岸を通った後、クロアチア領に入り、港湾都市ドブロニクに至っている。なお、アドリア海沿岸ルートは、モンテネグロ首都のポドゴリツァにも通じている。
河川交通
 セルビア共和国領から続く内陸河川リム川は、河川用の中形舟の交通に用いられていると想定。
 ドゥミトル山塊の内を流れる内陸河川ピヴァ川は、ボスニア=ヘルツェゴビナ側のドリナ川とつながっている。2005年現在この河川を利用した国際通交は、国境の双方で封鎖されていると想定。
海港
 アドリア海沿岸部南寄りのバール?が、モンテネグロ最大の海港都市。他に、古くからの海港都市コトルがコトル湾?内奥に存在するほか、沿岸に港湾都市が複数存在。

主要国内交通路

空港
 コトルの近傍に国内空港が存在。
鉄路
 セルビア共和国との鉄路を含めれば、モンテネグロでは、国際鉄路がそのまま国内鉄路を成している。
自動車網
 セルビア共和国との道路を含めれば、モンテネグロでは、国際自動車道が国内の基幹自動車網の過半を成している。
水運
 スカダルスコ湖(シュコダル湖?)から河川を遡行する河川交通が、河川用中形舟にてポドゴリツァのあたりまで可能と想定。

別称類

主要国の言語

  • 英語名=Montenegro(ムァンテェアニィグロウ)
  • フランス語表記名=Mont?n?gro
  • スペイン語名=Montenegro
  • アラビア語名の音=(調査中)
  • ロシア語表記=Черногория
  • 中国語表記=郢

その他

  • モンテネグロ語?名=Crna Gora(ツルナ・ゴーラ)
    モンテネグロ語は、モンテネグロの国定公用語
  • ヴェネト語?名=Monten?gro

活用や検討

活用

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重要な改訂の情報

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検討

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