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ハルトゥーム市

ハルトゥーム市 
ハルトゥームし
(city of Khartoum) 
簡易版

簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 「ハルトゥーム市」は、スーダン共和国首都で、中部スーダン地方北部を占めるハルトゥーム州州都を兼ねている。アラビア語名正称は「アル・ハルトゥーム(AL KHURTOUM)」

 ハルトゥーム州州域の中ほど南西寄りで、南から北流してきた白ナイルが、南東方向から流れてきた青ナイルと合流する地点の南岸を占めている。青ナイルを挟んだ対岸のハルトゥーム・ノース、白ナイルを挟んだ対岸のオムドゥルマンと、事実上の大都市圏を成す。

 ハルトゥーム市の東端には、ハルトゥーム国際空港?が存在。

(この空港は、ジュバ?及び、ポート・スーダン?との間で運行される国内便のハブ・ステーションでもある)

【参照地図】

近況

 2007年現在、首都周辺の治安状況は、悪い。

 アラブ民族主義とイスラム復古主義とがないまぜになったような、反欧米デモは多発している。これらのデモには、政府当局も後援しているものもある、とされ、非アラブ人へに対する地域感情は悪化している、と想定する。

 厳戒体制下にあり、夜間外出禁止令の他、外国人の活動にはかなりの制限がある(と、想定)。

シナリオにもよるが、例えば、キャラクターの設定によっては、警護を名目にした治安当局NPCによるエスコートなどがあっても、不自然ではない)

【参照情報】

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 ハルトゥーム市自体の人口は、1983年の統計で、47万6千人。同年の、ハルトゥーム・ノース、オムドゥルマンを併せた大都市圏 の人口は、130万人超とされている。

 やはり、1983年のハルトゥーム州の人口は、180万人強だった。当時、ハルトゥーム市には州人口の26%強が、3都市の大都市圏には、州人口の7割以上が集住していたことになる。

 2007年現在のハルトゥーム市の人口は、詳しくわかっていない。「100万人以上」と伝えられることがあるが、これは、低めの見積もりだろう。あるいは、200万人に迫っている可能性も少なくない。オムドゥルマン、ハルトゥーム・ノースを併せた、大都市圏の人口を、「400万人超」とする説もある


 地域の環境は、基本的には乾燥気候。ハルトゥーム市辺りの人口集住は、かつては、もっぱら交易、及び、両ナイル川の水資源を利用した灌漑漑農耕によった。

 アングロ=エジプト?政府に再征服された後の19世紀末頃から、地域の農耕は大規模化。さらに、スーダン共和国が独立した後は、政府の政策で、ナイル水系?の治水、及び大規模農業の近代化が推し進められた。

 1970年代から1980年代にかけ、ウガンダ領、エチオピア領?エリトリア領チャド領などから多数の難民が流入。さらに過密化が著しくなった。難民たちは、1980年代半ば頃から、旧ハルトゥーム市街の、主に南外縁部にスラム街を形成し居住している。

 1980年代は、スーダンの南北内戦が激化した時期であり、それに先立つ1983年のシャリア法(イスラム法)の厳格適用から、スラム街居住者は、非アラブ系であってもイスラム教徒が主になってきている。

 1977年には、東スーダン地方の港湾都市ポート・スーダン?から首都に石油を移送するパイプ・ラインが敷設された。1978年に南部?上ナイル地方にて油床が発見され、現在は、ハルトゥームの首都圏からポート・スーダンに石油を移送するラインが整備されている。

 2005年、ハルトゥームのスーダン中央政府は、南部政権と講和。以降、ハルトゥーム大都市圏、及び、その周辺では、地域の再開発が活発化している。また、2007年現在、UNMIS(国連スーダン・ミッション)の本部も設けられている。


 ハルトゥーム市は、19世紀に現在のスーダン中部にまで侵攻したエジプト?のムハンマド・アリー?軍が、1821年に軍政の中心拠点として創建。後、奴隷貿易も含む貿易拠点として発展した。

 1884年、マフディー教団に率いられた反エジプト勢がハルトゥームに侵攻。当時、チャールズ・ジョージ・ゴードン将軍の指揮下にあったアングロ=エジプト?のハルトゥーム守備軍などは全滅。「ハルトゥームの大虐殺」とも呼ばれた事態に至り、ハルトゥームは1885年1月中に、マフディー軍に制圧された。

 1898年、マフディー軍は、オムドゥルマンで、アングロ=エジプトの反乱討伐軍との決戦に敗北。同年以降、ハルトゥーム市は、アングロ=エジプトによるスーダン統治の首府とされた。1956年の独立後もハルトゥーム市は、引き続きスーダン共和国の首都とされた。

【参照イメージ】

さらに詳しい情報

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 「増補待ち」

GM向け参考情報

  • GM向けの補足情報、マスタリング・チップス、アイディア・フックなど

補足情報

 気候帯としては乾燥気候帯に属す。1月の平均気温が23℃程度、7月の平均気温が32℃程度。年間降水量120.5弌

基本構成

【参照地図】

 ハルトゥーム市街は、現在は南に連なるサウス・ハルトゥームと一体化している(と、想定)。結果、全体としては、東西幅より南北幅が長くなっている。

 北の青ナイル沿いの方がより旧い、旧市街。旧市街の街路は、近代西欧式の直交した道が主で、ところどころに円形状の道路に囲まれた区画や広場がある。ハルトゥーム・ノースなどに見られるアラブ式の入り組んだ街路や、迷路のようなスーク(市場)は、見当たらない(と、想定)。

 ハルトゥーム・ノースを経由してきた基幹鉄路が、青ナイルに並行するようにカーブ。旧市街中央あたりにハルトゥーム駅の駅舎が存在。駅の北が、主にムハンマド・アリー朝時代創建の街区で、駅の南近辺には、アングロ=エジプト再征服時代に発展した街区が多い。南に行くほどスラム街などが増える。

 ハルトゥーム国際空港は、概ね駅舎の東方に位置。国際空港に近い街区に各国の大使館が多い。旧市街の青ナイル河畔東端に、欧米式のハルトゥーム大学が存在。

 近年、集中して再開発が進められているのは、市域北東部で白ナイルに青ナイルが合流している地点の近辺と、その南方に近接した区画。前者がビジネス街として再開発され、後者は、商業地区に高級住宅、アパートなどが配置された再開発地区になっている。後者の区画には飲食店や娯楽施設も多い。

オムドゥルマン
 オムドゥルマンについては、都市らしい街区は、主にナイル川沿岸部に発展(と、想定)。行政区の全域が、都市的な景観を持っているとは思えない。
 ただし、ナイル川沿岸部には、大きめの魚河岸などがあるそうなので、やはりハルトゥーム市よりは、雑然とした感じのする景観だろう、と想定。

主要交通路

 ハルトゥーム市、及び、大都市圏には、スーダン国内の基幹鉄路、基幹自動車道が通じている。

 詳細は、以下を参照のこと。

活用や検討

活用

  • このページの記事を踏まえた、アイディア・フック?、使ってみたシナリオ、セッション・レポ、などなど
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重要な改訂の情報

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検討

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