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ワディ・ハンママート

ワディ・ハンママート (簡易版)

簡易版です。気づいたとこの増補、改訂、優先に大歓迎。

アラビア語名の音
Wadi Hammamat
英語
Wadi Hammamat

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 ワディ・ハンママートは、エジプト東方沙漠で、岩山地帯に刻まれた長いワディ(涸谷)

 クゥセイル(Quseir)の概ね西からケーナ県ナイル渓谷方面に通じている。現在は、ケーナ県の小さな町クィフト近傍を経由して、エル-バハール・エル-アフマル県方面に到る舗装された地方道が敷設されている。この道路は、ナイル流域と紅海沿岸部を結ぶルートの1つになっていて、交通量が少なく無い。

 古代にも、ナイル流域部から紅海沿岸に到るルートとして用いられた。石器文化の遺跡や、古代の岩窟碑文などが複数知られている。

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 現在、ワディ・ハンママートで知られる岩絵の類で、最も古いものは、おそらくB.C.4000年頃と鑑定されている石器時代の線描画だろう。例えば、ナイル川と思える水上に浮かぶ葦舟を描いたとされる線描の岩絵が有名。

 古代エジプト王朝では、ワディ・ハンママートは、まず石材の石切り場として、次に、紅海沿岸部で黄金や銅鉱石を採掘し、ナイル流域に搬送するルートとして、さらに紅海経由の交易ルートとして重視された。

 ワディ・ハンママートを経由する交易路のナイル側の拠点は、上エジプトの第5ノモスとされたハラウィ?の都コプトス(ゲブトゥ)になっていた。ゲブトゥが第5ノモスの都に定められたのは、第1王朝時代?と思われるが、ハラウィ自体は先王朝時代?に遡る。ゲブトゥがハラウィの中心都市だったのも、おそらく先王朝時代からの事と思われるが、今のところ確証には乏しい

 石切り場としての使用については、紀元前2千年紀には、例えばファラオの王棺のための石材などが求められ、時代が下るにつれ王朝の建築事業のための大規模な石切場や鉱山も営まれるようになった。

 ワディを経由する交易は、もちろん時代によって盛衰も見せた。しかし、時代が下るに連れ、アフリカの角地域や、アラビア方面?との交易ルートなど、より遠距離との中継交易に活用されるようになっていった。古代末期までには、広い意味でのシルクロードに連なる遠距離交易網の一部に連接するようになっていった。


 ユダヤ教聖典(『旧約?』)に記された出エジプトの物語で、エジプトを脱出したヘブライ人たちは、モーセに率いられワディ・ハンママートを経由して紅海沿岸に出た、と考えるユダヤ教徒、キリスト教徒は多い。

さらに詳しい情報

  • 「難易度が、ある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 「増補待ち」。

GM向け参考情報

 「増補待ち」。

【参照地図】

活用や検討

活用

  • このページの記事を踏まえた、アイデア・フック、使ってみたシナリオ、セッション・レポ、などなど
  • 2010-03-20 (Sat) 09:57:54 egAFEcFe : LpmoRjDd?
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検討

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更新日時:2010/03/20 09:57:55
キーワード:
参照:[メンチュヘテプ3世] [ランド・マーク] [アフリカ州のランド・マーク] [センウセレト1世] [コプトス] [デンデラ] [ラメセス4世] [クィフト] [メンチュヘテプ4世]
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