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ティグラト・ピラセル3世

ティグラト・ピラセル3世 ティグラト・ピラセル3せい

英語表記
Tiglath-pileser III
フランス語表記
Teglath-Phalasar III
アラビア語名(音写)
(調査中)

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 ティグラト・ピラセル3世は、古代アッシリア帝国?の支配者。アッシリア王とバビロニア?の王位を1人で兼ねたはじめての人物。

 停滞していた、ないしは衰退気味だったアッシリア?の勢いを盛り返し、帝国と呼べる実質の基盤を整えた。

追加情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。
小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 ティグラト・ピラセル3世の、生没年は不詳。在位期間は、B.C.745年〜B.C.727年の足掛け19年。
 即位後、メディア?を制圧、ウラルトゥ王国に戦勝し優位にたった。これら北方勢力を押さえた後、シリア・パレスティナ地域?の都市国家に対するアッシリアの支配を回復。古代イスラエル王国?(北王国?)も従属したことが、ユダヤ教聖典(『旧約』)にも見られる。
小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値12〜14」
詳しい情報 現在、ティグラト・ピラセル3世は、アッシュル・ダン3世の傍系の息子と、目されている。即位時の王碑文に、父王の名を記していないことから、王位を簒奪したと目され、兄弟であるアッシュル・ニラリ5世を廃して即位した、とされる。
 あるいは、アッシュル・ニラリ5世統治末年に、アッシリアを揺るがした反乱を平定し、王位に就いたのかもしれない。しかし、王碑文に父王の名を記していないのは、やはり、以前の正統王朝との間に、何らかの反目関係があったためだろう、とは言われている。
 外交策で敵対勢力間の離反を謀るなど、政戦両面の政略で、当時揺らいでいたメソポタミア周辺部でのアッシリアの支配権を回復。エジプト国境に迫る地域まで覇権を及ぼした。

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。
小辞典版推奨判定
「言語+知性 目標値14以上」
さらに詳しい情報 アッカド語に基づくアッシリア王名は、「トゥクルティ・アピル・エシャラ(Tukulti apil Esharra)」。「我が信心はエシャラ神の息子(に捧ぐ)」といった意味。
小辞典版推奨判定
「歴史+知性 目標値14以上」
専門的知識 アッシリア王宮直轄地の、広大な諸州を分割細分化し、各州に王直属の行政監督官を配置。同時に「王の目」「王の耳」と呼ばれる諜報機関を組織。各地の官吏の行状を内偵させた。アダド・ニラリ3世の代から、アッシュル・ニラリ5世の代にかけ、アッシリアの国家統治を揺るがした地方分立傾向を粛清しようとの意図が窺われる。
 軍制改革をおこない、領土中核部で地主階層が組織していた自由農民や奴隷によって編成されていた兵団を常備軍に移行再編した、と言われる。常備軍組織の程度は定かではなく、諸説あるが、直轄地の自由臣民に兵役免除が布告されたことは確からしい。

GM向け参考情報

用法

 ティグラト・ピラセル3世は、歴史上かなりメジャーな人物です。高校世界史級でも有名人の部類でしょう。

 その分、怪しげなネタに絡める余地は、あまり多いとも思えません。

 正面きって、古代のシャドウ・ウォーズに絡めようとするなら、かなり調べ込まないと、あちこちチグハグでもっともらしさのないお話になりかねません。

 かと言って、詳しく調べ込んだネタは、1回のセッションでは処理しづらいものです。

 多分、遺跡や、ミッションの手がかりとなる遺物、古文書などと絡めて、導入での話題として投入していくなどが無難な料理法かと思われます。

 オーパーツ超古代文明の真相自体は、ティグラト・ピラセル3世本人とは、あまり絡ませない方がいいかもしれません。絡めていくとしたら、ショート・キャンペーン?も考えたいところです。

補足情報

事跡

B.C.746年〜B.C.745年
アッシュル・ニラリ5世の統治末年。
アッシリア帝国中央に近い平地メソポタミア北部地域で、反乱が多発。この反乱の背景や経緯も、ほとんど伝わっていないが、多数の反乱が連鎖して、短期間に大混乱に陥ったようだ。
ティグラト・ピラセル3世は、B.C.745年にカルフ(ニムルド)で帝位に就いた、とする説もある。
B.C.744年 即位年
帝位についた、とされる。正式な帝位宣言とみていいだろう。帝位は簒奪されたもの、とも言われている。
B.C.742年 即位3年目
従属的だったシリア地方?に属州を制定。属州化が不可能な都市国家などは、宗主権に服す従属国として存続したが、アッシリア王宮直属の監察官(ケブ)が送り込まれた。属州化した北シリア各地からは、住民数万をザクロス山脈?北部などへ強制移住。ティグリス川流域からは、数万のアラム人?を、北シリアへ強制移住。(捕囚政策)
B.C.741年 即位4年目
前年に引き続き、シリア地方の属州民を多数強制移住(捕囚政策)。

 ティグラト・ピラセル3世は、アッシリア王とバビロニア王とを兼ねたはじめての人物です。バビロニア王としての即位年は調べきれていません。
 ティグラト・ピラセル3世界以前、中アッシリア時代?にトゥクルティ・ニヌルタ1世(在位、B.C.1273年?〜B.C.1207年?)の代のアッシリアが、バビロニアを支配したことはあります。しかし、アッシリア王位とバビロニア王位を1人の人物が兼ねたのは、ティグラト・ピラセル3世がはじめて。
 彼は、バビロニア地方の属州化も進めようとしたようですが、その統治はうまくいかなかったと思われます。バビロニア側の歴史記録では、正式な王名ではなく、「プル」と短縮した名で記されている例が圧倒的に多いことがその旁証とされています。
 「プル」は「ピレセル(アパル・エシャラ)」の略称だが、侮蔑的なニュアンスを込めて用いられた、と言われています。

B.C.738年 即位7年目
この頃から、行政改革が実施されたと言われる。領土中核部の行政区画が細分化され、地方官吏の権限が縮小された。
B.C.735年 即位10年目
この頃までに、ティグラト・ピラセル3世のアッシリアは、北のウラルトゥ王国に戦勝を重ね、優位な立場にたった。
B.C.733年 即位12年目
ダマスカス?を中心にしたシリア都市国家の同盟軍が、アッシリアへの従属的立場をとった古代イスラエル王国?を攻撃(シリア戦争)。時のイスラエル王、アハズ?は、ティグラト・ピラセル3世に救援を求める。
B.C.732年 即位13年目
アッシリア軍に敗れたダマスカス他では、王統が廃絶され、アッシリアの属州とされた。
 この後、ティグラト・ピラセル3世は、シリア・パレスティナ地域南部に居住していたアラブ人部族にも、貢納を強いている。
B.C.728年 即位18年目
この頃、南アラビアの幾つかの部族王が、アッシリア王宮に使節を送り朝貢をした、との記録がある。この歴史記録が、知られる限りサバの名が記されたはじめての例と言われている。また、この年より以前に、アラビア半島?のサムシ、及び、ザビビと言う名の女王より、それぞれ朝貢使節が送られた、との記録も残っている。
B.C.727年 即位18年目
ティグラト・ピラセル3世死没。後継は、シャルル・マネセル5世(在位、B.C.727年〜B.C.722年)。

人物像

 ティグラト・ピラセル3世の歴史的人物像は、「覇王として着実かつ堅実」。これにつきると思われます。あるいは、王名を採ったティグラト・ピラセル1世の“理想化”された征服王を、本人が手本にした、といったこともあったかもれいません。

 兄弟であるアッシュル・ニラリ5世を廃し、自ら即位したと言われる王位簒奪など、仮に歴史小説の主人公だとしても、おもしろい人物と思います(アッシュル・ニラリ5世の最後は定かではなく、単に反乱の内に戦死しただけかもしれません)。しかし、「ブルーローズ」のシナリオ材料としては、トンデモ・ネタを付け入らせる隙があまりない、手強い人物と言えるでしょう。

 強いて言うなら、シャルマネセル3世(在位、B.C.858年〜B.C.824年)の代には、ダマスカスを盟主にした都市国家同盟に加わっていた古代イスラエル王国が、ティグラト・ピラセル3世の代には、同盟から離脱し、アッシリア従属路線を選んでいた、などがシナリオ・ネタになるでしょうか。
(こちらも、古代イスラエルから料理していった方が、扱い易いかもしれませんが)

アイデア・フック

別称類

主要国の言語
  • 英語表記=Tiglath-pileser III
  • フランス語表記=Teglath-Phalasar III
  • アラビア語名(音写)=(調査中)
  • スペイン語表記=Tiglatpileser III
  • ロシア語表記=Тиглатпаласар III
  • 中国語表記=提格拉特〓拉沙〓三世
    (〓は表示できない漢字)

リンク

関連項目

資料リンク

活用や検討

活用

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