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ダルフール地方

ダルフール地方 
ダルフールちほう (Darfur)

アラビア語名(音写)
Daar-foor〔ダァル-フォール〕
英語名
Darfur
フランス語名
Darfour
中国語名
達爾富爾,達佛

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 「ダルフール地方」は、現スーダン領西部の南北中ほど、やや北寄りの一帯を占める地域。「西スーダン」または「スーダン西部」と呼ばれることもある。普通は、北ダルフール西ダルフール南ダルフールの3つの州からなる地域を指す。州をまたいだ行政実体は、ない。「ダルフォール(地方)」とも。
(「西スーダン」とは言っても、現スーダン領の北西端は、北スーダン地方に含められるので、ダルフール地方には含めない)

 地域の西縁は、スーダンの国境で、北西で、比較的短距離、社会主義人民リビア=アラブ国と国境を接し、西でチャド共和国と、南西で中央アフリカ共和国と国境を接している。

 2003年頃から、地域で激化した民族紛争(ダルフール紛争)は、2008年現在も継続中。スーダン政府当局の関与も疑われる内、多くの国から、国連平和維持軍の派遣が望まれている。

【参照地図】

追加情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値=8〜10」「交流+知性 目標値=10〜12」「生存+知性 目標値=10〜12
簡単な情報 (必要に応じてゲーム前ブリーフィングブレイクを使いGMから素でプレイヤーに伝えてもいいかもしれない)
 ダルフール地方は、北で、北スーダン地方と、東でコルドファン地方と、南でエクァトリア地方と隣接している。
 中南部に、マラ山地(マラ高原)が位置。風化で山並みが緩やかになった2000m超級の高地が、準高原として続き、縁辺には標高500m〜1000m程度の丘陵地、及び、微傾斜地が連なっている。マラ山地に、縁辺の丘陵地、微傾斜地を併せると、ダルフール地域の中部以南は概ねカバーされている。
 地域北部は、概ね平坦な沙漠地帯。ただし、マラ高原に連なる北ダルフールの沙漠は、岩地性沙漠、砂礫性沙漠が多く、大きめのワディ(涸谷)も行く筋か刻まれている。
 気候は全般に乾燥。ただし、マラ山地の一帯は、水資源が比較的豊かで、半乾燥地域になっている。マラ高原の南部は低木樹林がまばらに続き、さらに南や東の草原に連なっている。
 山地北部では、縁辺の傾斜地までは、草地が優勢。しかし、山地から離れると、唐突とも言える様子で、沙漠地帯が広がる。
 地域の中心的な都市は、南ダルフール州都のニャラ市?になっている。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」
やや詳しい情報 ダルフール地方の総面積は、493,180平方kmほど。
 地域の人口は、2000年時点の推計で、560万人ほどだった、とされている。その後の紛争で、現在の居住人口は、把握しがたい。しかし、多くの被害者と、多数の難民を出しているので、かつてよりも減っているはず、と考えられる。
 ちなみに、2000年時点の推計から算出される地域の平均人口密度は、1平方kmあたり11人で、2000年当時のスーダン全土の平均人口密度12人に概ね等しかった。ダルフール地方は、北ダルフールに広い沙漠地帯を有すが、スーダン国内には、他にも沙漠や湿原など、人口過疎地帯は広い。おそらく、実質的な人口密度も、概ねスーダンの平均に近かったと思われる。
 また、同様に推計値から計算すると、地域の26%ほどの面積を占める南ダルフールに、地域人口の48%強が居住していたことになっている。西ダルフールでは、地域の16%ほどに、人口の27%が居住していた計算になる。北ダルフールでは、地域の6割ほどの面積に、25%ほどの人口が居住していたことになる。北ダルフールの場合は、マラ山地の縁辺を離れた北部沙漠地帯は、事実上の無人地帯なので、上記のような数値になっていた。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」「交流+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 ダルフール地方では、マラ山地の、特に東部に、開拓された農耕地が多かった。これらの地域は、天然の状態では農耕適地ではないが、井戸や貯水槽を設けた灌漑で、農耕地が開拓されていたのだ。主に陸稲などの穀物、果実、タバコ、ピーナッツなど、比較的乾燥に強い農作物が生産されていた。
 マラ山地北部では、もっぱら牧畜が優勢だったが、南部では、農耕民と牧畜民が入り混じった暮らしが、長く営まれていた。この混住、共棲のライフ・スタイルが崩れたことも、ダルフール紛争の遠因の一つに挙げられることがある。
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」「情報+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 「ダルフール」は、アラビア語で「ダァル-フォール」。「フール人の故郷」を意味する地域名だ。
 17世紀頃、ダルフール地方のマラ高原を中心地に、それ以前から有力だったナイル・サハラ語系統のフール人国家が、ケイラ朝のサルタネット(イスラム王朝)を建てた。この王朝は1874年まで独立を維持し、同時期にナイル流域を支配していたフンジ王国と交戦もした。一時は、ナイル流域部を支配下に置いていた時期もある。
 本来、「ダルフール地方」は、どちらかと言えばケイラ朝の領域を指した歴史的な地域名だった。
 1914年に第1次世界大戦が勃発すると、アングロ=エジプト政府(U.K.(連合王国)に従属的だった時期のエジプト政府を指す政治史の用語)の事実上の保護下にあったダルフールのスルタンは、オスマン帝国?との同盟と、U.K.への宣戦を布告した。
 この結果、歴史的には長くナイル流域とは別地域として独立していたダルフール地方は、第1次大戦の戦後処理で、U.K.領スーダンに組込まれることになった。そして1956年にスーダン共和国が独立した時にもその一地方とされた。
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」「交流+知性 目標値12〜14」「情報+知性 目標値14以上」
やや詳しい情報 ダルフール地方の民族構成は、大まかには、アラブ系の牧畜民と非アラブ系の定住農耕民(どちらもイスラム教徒)に大別される。非アラブ系は、さらに多くのエスニック・グループからなり、アラブ系住民も幾つかの集団に細分される。伝統的には、農耕社会と牧畜社会が補い合って地域社会が営まれていた。農耕民と牧畜民からなる民族構成は、現在も大枠としては続いている。
 「ダルフール(フール人の故郷)」の語源になっているフール人は、マラ高原で農耕を基盤にしつつ牧畜も営んでいた定住民だった。

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値12〜14」「交流+知性 目標値14以上」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 ダルフール地方は、その地質、土壌から4つのエリアに区分することができる。
  • マラ山を中心にした、風化した中央山塊
    目安として、標高2000m以上の地域と思えばいいだろう(マラ山地の平均標高は2200m内外)。西ダルフールの手前まで、北ダルフールの南縁に広がっている、と思えば概ね近い。
  • 広義のマラ高原東部の高度が低い丘陵地、及び微傾斜地
  • 広義のマラ山地西部
    概ね行政区の西ダルフールにあたる。
  • 広義のマラ山地の北域
    サハラ沙漠に連なる砂礫性の沙漠が広がる。
 マラ高原の中央山塊は、地域の内では降水量が多いほか、かつて火山地帯だった関係で、恒常的に湧き水を流出させる泉も少なくない。縁辺一帯への水源にあたり、気候は温帯気候に等しい。
 広義のマラ高原東部の高度が低い丘陵地には、砂岩が目立つ。丘陵地のさらに低い裾野部から平坦地にかけてが、砂分は多いが豊かな土壌で覆われている。この土壌は、地域の言葉で「ゴズ(goz)」と呼ばれている。
 ゴズの土壌は、保水力が低く、貯水設備や灌漑がなされない限り、農耕は営めない。ただし、牧草地に適した植生には恵まれている。地域では、伝統的に多くの場所で、共有の井戸を掘り、貯水槽を築き、農耕に用いていた。主要農作物は、陸稲、果実、ピーナッツなど、比較的乾燥に強い類だった。
 マラ高原の西部は、2000m超の頂は少なくなるが、山並みの起伏は、比較的大きくなっている。これらの地域は、主に火成岩からなる岩盤の上を、薄い土壌が覆っている。土壌は砂分が多く、主作物は果実などに限られる。穀物栽培には適さない。
小事典版推奨判定
「交流+知性 目標値12〜14」「歴史+知性 目標値14以上」
詳しい情報 極、大まかな整理として、マラ山中央山塊の北では、伝統的にはアラブ系牧畜民、遊牧民が多数派だった。西ダルフールから、中央山塊の南から東にかけては、フール人が支配的だった。ただし、南から東にかけての地域は、伝統的には、多数のエスニック・グループが混在する混住地帯だった。支配的だったフール人に匹敵するくらいの人口比率で、アラブ系牧畜民も多数いた。さらに、非アラブ系のベジャ(Beja)、ザガワ(Zaghawa)や、ヌビア系住民もいた。
 ダルフール紛争の結果、地域南部から東部にかけての多民族混住は崩壊した、と伝えられている。報道などが正しければ、実際問題、アラブ系に占拠された状態と思われる。
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値12〜14」
詳しい情報 19世紀半ばに、ナイル川流域のフンジ王国が、ムハンマド・アリー朝?のエジプトに征服された際、ダルフールのイスラム王朝は出兵し独立を守った。しかし、その後起きた内紛に乗じるように、エジプトとその背後に控えていたU.K.(連合王国)政府(アングロ=エジプト政府)に征服されてしまった。
 1881年、ナイル流域でアングロ=エジプト政府に対する反乱であるマフディーの乱?が起きると、地域はマフディー国家?の支配下に置かれた。後、マフディーの乱がアングロ=エジプト当局に制圧(再征服)されると、ダルフールのスルタン?の末裔が、名目的に政府当局に擁立され、年金を至急されることになった。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値12〜14」「陰謀+知性 目標値14以上」
詳しい情報 ダルフール地方には原油、鉄鉱石、ウランなどの鉱物が確認されている。これら地下資源の利権に関する思惑が、近年の紛争(ダルフール紛争)へのスーダンを含む諸国の対応に影響を与えている、と見る意見は少なくない。
 少なくとも、問題に関わろうとする国の多くが、互いに、他国は利権についての思惑を抱いている、との想定で政治的駆け引きをしているようだ。例えば、スーダン政府の内相は2005年5月スーダンのメディアに「ダルフールの反政府勢力の背後にはイスラエルがおり、エリトリア経由で支援している、アメリカはチャドの原油に手をつけておりダルフールの原油を狙っている」などと語った。
 あるいは、「中国当局は、ダルフールの人権危機を『内政不干渉』という美辞麗句で無視し、スーダン政府のが紛争の実態を隠蔽しようとしてることを黙認している」といった批判も、しばしば聞かれる。これは、中国当政府による、熱心な対スーダン資源輸入交渉について言われることが多い。

GM向け参考情報

補足情報

基礎データ

面積
493,180平方km。スーダン共和国国土の2割にあたる。
人口
2000年時点の推計で、およそ560万人とされるが、ダルフール紛争で、大量の被害者、難民が生じている(その実数は、2006年現在、定かにされていない)。
計算上では、2000年当時の560万人は、概ねスーダン国民の、18%ほどにあたった。
政治情勢
 2003年から激化したダルフール紛争は、スーダン当局筋によれば「和解に達した」とのことだが、2006年現在も深刻な危機状況が続いている、とみられている。
民族事情
フール人、ザガワなどが地域の代表的なナイル・サハラ系民族。アラブ系のバッガラーも多い。他にも複数の民族集団が混在。ただし、ダルフール紛争の結果、非アラブ系民族は難民化し、国外に逃れたほか、多くは、西ダルフールの難民キャンプに逃れている。
言語事情
 アラビア語が広く通用すると想定。メジャーな地域言語はフル語、ザガワ語(どちらもナイル・サハラ語系統)。他に、少数派言語として、ダジュ語、タマ語、マサリート語、などの話者集団が存続。
宗教事情
 ほとんどがイスラム教徒。ただし、フール人など地元民の信じるイスラム教は、伝統的にアフリカの民俗宗教の風習を色濃く残している。例えば、供犠を伴う精霊信仰、ある種の人間が動物に変身すると言った伝承などが伝えられている。

地域の主要交通路

【参照地図】
自動車道
 ダルフール地方の基幹自動車道は、ナイル水系?流域から、コルドファン地方の中心都市オベイドを経由した後、北ダルフールの州都ファーシル?に至るルート。このルートは、マラ山の北でマラ高原に分け入り、西ダルフール州都のジュナイマ?に至っている。
 基幹道は、ジュナイマからさらに西に向かい、チャド共和国に至っている。が、2006年現在、国境は、チャド側で封鎖されている。(チャド側の国境部は、反政府勢力の活動が活発であり、正規軍による国境封鎖も完璧ではないようだ)
 ファーシルからは、他に、マラ山地中央山塊の東を南下する道路が、南ダルフール州都のニャラ?に至っている。このルートの格は、基幹自動車道に準じた主要地方道と想定。道路は、ニャラから南東方向に伸び、エクァトリア地方で、中央アフリカ共和国国境近くの地方都市ウンム・ダファグ?に至っている。道路は、ウンム・ダファグからさらに中央アフリカ共和国領に伸びている。
 地域の主要地方道としては、他に、ニャラとジュナイマ?の間を結び、マラ高原南部を横切っているルートもある。
 さらに格の落ちる地方道として、ニャラから、西に敷設された地方道が、コルドファン地方の地方都市、ババヌーサ?に至っている。ババヌーサからは、地方道が南北に分岐。北に向かうルートは、ファーシル 〜 オベイドを結んでいる基幹道に接合。南に向かうルートは、サッドの西部を南下するとワーウに至り、スーダン南部の道路網に接合している。
鉄路
 ダルフール地方に至っている鉄路は、ナイル水系?流域のクースティ?から西に伸びたルートで、南ダルフールのニャラが終点になっている。このルートは、コルドファン地方のラハド?で北西に分岐した支線がオベイドまで通じている(オベイドが終点)。
 コルドファン地方のバハヌーサから南に分岐した路線は、ワーウまで至っている(ワーウが終点)。

用途

 2006年現在の状況で、ダルフール地方を冒険のメイン舞台に据えるのは、シナリオ・メイクやマスタリングにしても、プレイングにしても難易度が高めと思われます。

 もし、導入部や陰謀の背景などにダルフール地方を使い、ワールド・ワイドに展開させるシナリオを考えるなら、そう難易度は高くないかもしれません。

 いずれの場合も、「ダルフール紛争」の項も参照されることをお勧めします。(⇒ ダルフール紛争

 また、ナイル川流域のスーダンを舞台にしたシナリオを考える場合、(シナリオに組み込むにせよ、うまく関わりを回避するにせよ)ダルフールの状況も、ある程度意識した方がいいでしょう。

別称類

主要国の言語

  • アラビア語名(音写)=Daar-foor〔ダァル-フォール〕
  • 英語名=Darfur
  • フランス語名=Darfour
  • 中国語表記=達爾富爾,達佛
  • スペイン語名=Darfur
  • ロシア語表記=Дарфур

活用や検討

活用

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重要な改訂の情報

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検討

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  • 2007-01-26 (金) 09:31:02 マスオ : ダルフールで一日何人の子共が死んでいるのか
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