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レバノン共和国

レバノン共和国 
レバノンきょうわこく
暫定版

記事内容追加調査中の暫定版です

アラビア語?(音写)
Al-Jumh?riyyah al-Lubn?niyyah
アラビア語名略称(音写) Lubn?n
フランス語?
R?publique libanaise
フランス語名略称 Liban

(アラビア語?はレバノン共和国の国定公用語、フランス語?は、公用語に準じるように広く用いられている言語)

英語名
Lebanese Republic
英語名略称 Lebanon

PCが予め知ってていい情報

  • 「判定処理なしに、PCが知ってることにしていい」情報とします。

 レバノン共和国は、第1次世界大戦?後の1926年に、フランス共和国の信託委任統治領となり、第2次世界大戦?末期の1943年に独立した国。国土は、西アジア(西南アジア)で地中海東岸に面し、南北に細長い。

 1次大戦前は、オスマン・トルコ領だった時期が長かった。戦後の1920年〜1926年の間は、同じくオスマン・トルコ領だったシリアと一括して、フランスに統治されていた。1926年の措置は、レバノンがシリアとは別の地域だ、との判断を制度化したもの、と言える。

 国土南部を、シーア派の武装過激集団ヒズボラ?が拠点として、国内でもテロや内紛を重ねてきていた。

 イラン=イスラム共和国と深い関係を持ち、シリア=アラブ共和国の支援も受けていると目されるヒズボラの武装解除を、諸国から求めらていた矢先の2006年7月。ヒズボラによるイスラエルへ国?のロケット弾、ミサイル攻撃、イスラエル兵の拉致をきっかけに、7月13日以降、レバノンは、イスラエル軍による空爆他、大規模な武力行使を受けている。シリア=アラブ共和国に多数の難民が移動している、との報道もある。

国名
 英語による国家名正称は、“Republic of Lebanon”で、国際会議などで広く通用。英語通称は、「レバノン」。アラビア語による略称は「ルブナーン」。フランス語による通称も、「ルブナーン」。
国際関係
 国連、及び、国連系国際機関のほとんどに加盟。
 アラブ連盟加盟国。
 隣国シリア=アラブ共和国に事実上の占領を受けていた時期が続き、国内に反シリア派、親シリア派の対立がある。さらに、南部を拠点にしていた反イスラエルの武装集団ヒズボラは、イラン=イスラム共和国と深い関係を持ち、シリアにも支援されている、など、アラブ諸国の間だけでも複雑な国際関係を持っている。現政権は、「アラブ諸国間の紛争、対立には基本的に不干渉、非同盟」の政策を掲げている」が、親サウディ=アラビア的とも言われている。
 アラブ諸国の内では、親西欧的な国、とも目されている。これは、国内にの親西欧的な人々(特に親フランス的な人々)も多くいる、ということだ。
地域
 レバノンの地域は、まず沿岸部と、レバノン山脈などの内陸側とに大別できる。その後さらに、北部、中部、南部に細別していくと把握し易いだろう。
国情
 レバノン山脈を擁すレバノンは、伝統的には、山地各所に様々な集団が別れて住んでいた。オスマン帝国も統治には手こずり、事実上の自治を認めていた時期、帝国に反乱し、自律していた時期も短くなかった。
 しばしば、「宗教の博物館」「宗教のモザイク社会」と呼ばれ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の様々な教派が混在。これが、国情を複雑にしている。
歴史
 1957年から、1990年頃まで内戦が続いた。単なる内戦ではなく、ヒズボラ打倒を目指したイスラエル軍に、1982年に侵攻され南部を占領されもした。イスラエル軍は、2000年に撤退。2006年現在のイスラエル侵攻は、2度目の侵攻になる。
 一時は、内戦に対処するため、シリア主導のアラブ平和維持軍およそ1万4千人ほどが駐留。イスラエル軍撤兵を監視するため、フランス軍中心の国連レバノン暫定軍(UNIFIL)も最大規模4000人弱で進駐していた。シリア軍を含むアラブ平和維持軍は、2005年3月から、4月下旬にかけ撤退。撤退完了は、国連調査チームが確認した。国連レバノン暫定軍は、レバノン政府の要請もあり、駐留期限が2006年7月一杯と延長されていた。2006年時点の国連レバノン暫定軍の部隊規模は、2千人弱だった。
 1982年にレバノン国内で結成されたヒズボラの武装解除と、内戦終息に前後して浮上した親シリア派と反シリア派との対立の政策的調整、そして、2005年2月に発生した前首相暗殺事件の真相解明などが課題になっていた。
 レバノン政府としては、ヒズボラ内部の穏健派を政治参加させることで、武装解除を進めようとしていたようだ。しかし、国連暫定軍の削減をきっかけに、ヒズボラはイスラエルへの武力攻撃を活発化。これが2006年現在のイスラエル再侵攻を招いた。
考古学関係
 レバノン領内には、ビュブロスの遺跡?、テュロスの遺跡?、ベカー高原?のバールベック遺跡?など重要遺跡が多い。
 2006年7月現在の情勢では、重要遺物の一時国外退去などのミッションが発令される可能性は少なくない。
 ミッションで、レバノン領内に立ち入る際は、くれぐれも複雑な国際関係を、さらに悪化させることだけは避けるよう、慎重な行動を求める。

レバノン共和国の地図

レバノン共和国の参照画像

追加情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」「歴史+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 1957年から始まり、1970年以降混迷したレバノン内戦は、国連平和維持軍、アラブ平和維持軍の進駐などで、1990年頃には下火になった。他方、シリア軍の進駐以来、内政がシリアの強い影響下に置かれ、事実上の属国化とも言われる状況に陥った。過去10年以上、レバノンでは親シリア派と反シリア派の政治対立が新たな大問題になっていた。
 2004年9月、国連安保理は、「国連軍以外の外国軍のレバノンからの撤退、レバノン人、非レバノン人の武装勢力の解散、自由で公平なレバノン大統領選挙への支持」を内容とした決議1559号を採択。
 あきらかにヒズボラなど、武装過激派集団の存在を念頭に置いた決議だった。背景には、2004年11月に予定されていた大統領選挙を中止し、親シリア派のラフード大統領の任期を2007年まで延長することが、2004年8月に決定されたとの事情もあった。この任期延長を実行するための憲法改正案は、閣議で作成された。
 シリアのレバノンに対する内政関与排除に向けて国際的な圧力が強まった内、2005年2月に起きたのが内戦後の復興をリードしてきたハリーリ前首相暗殺事件だった。ハリーリ前首相は、過去にラフード大統領と何度か対立しており、事件直後からU.S.A(合衆国)?フランスを急先鋒に、駐留シリア軍に国際的な非難が高まった。ちなみに、暗殺事件の真相は現在解明途上だが、発生直後からシリアの秘密警察の仕業との風聞が絶えない。
 前首相暗殺事件直後の2005年2月、親シリア派と目されるカラーミ首相が辞任。同年5月から6月にかけ、国会議員の総選挙がおこなわれた。
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」「情報+知性 目標値12〜14」
やや詳しい情報 レバノンは、「文明の十字路」とも言われるシリア・パレスティナ地方にあって、古代、中世の遺跡が多い国だ。シリア沿岸部同様、フェニキア系の都市遺跡があり、古代ギリシア、ローマ系の遺跡があり、中世イスラムの遺跡があり、十字軍侵攻期の砦の遺跡もある。もちろん石器時代の遺跡も確認されている。
 ビュブロスの遺跡?が、1984年以降ユネスコ世界遺産に登録去れている他、レバノン山脈?のカディーシャ渓谷では、レバノン杉の森(1998年以降)など、複数の世界遺産が管理されている。

  • 「難易度が、ある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。
小事典版推奨判定
「情報+知性 目標値10〜12」「歴史+知性 目標値12〜14」
さらに詳しい情報 レバノンの内戦は、1957年に憲法改訂をめぐるイスラム教徒とマロン派?キリスト教徒との、アラブ人同士の対立が武力衝突に発展したもの。背景には、1942年の独立時に協定された、大統領をマロン派から選び、首相をスンナ派イスラム教徒から、国会議長をシーア派教徒から選ぶ、との制度があった。
 この制度は、独立前の1939年に実施された国勢調査の結果に基づくもの。元々レバノンの大統領は、首相の指名権を持つなど権限が強い上、独立後にイスラム教徒の人口比率が増加したにも関わらず、マロン派政党が既得権を手放そうとしなかったことが、対立の遠因となった。さらに、マロン派政党が親欧米的と目されたこと、マロン派に限らずキリスト教徒に経済的成功者が目立ったこと(内戦前のレバノンは、国際金融センターとして成功し「中東のスイス」と呼ばれていた)、などなどの不満が混沌と入り混じって内戦に至った。
 その上、1970年にヨルダン=ハシミテ王国で起きたパレスティナ・ゲリラ組織弾圧事件(「暗黒の9月」事件)の結果、多数のパレスティナ難民とパレスティナ・ゲリラ集団が流入。情勢は一挙に複雑化。内戦も長期化した。
 ちなみに、レバノン政府は、「人口構成が崩れる」との理由でパレスティナ難民のレバノン帰化を拒絶してきている。イスラエル、PLOに対しては、難民の帰還受け入れを求めていた。
 さらに、ヒズボラやパレスティナ・コマンドは、レバノン領からイスラエル側に越境しての軍事行動を繰りかしたため、1982年のイスラエル軍侵攻、南部占領を招いた。イスラエル軍は2000年に撤退を完了したが、2001年には、イスラエル国境での砲撃事件をきっかけに、イスラエル機がベイルートの南8km地点のシリア軍進駐地を空爆した事件も起きていた。
小事典版推奨判定
「陰謀+知性 目標値10〜12」「情報+知性 目標値12〜14」
さらに詳しい情報 ヒズボラは、かねてから親イスラエル派の民兵組織SLA(南レバノン軍)との武力抗争を続けてきた。ヒズボラがレバノン国内でも断続させてきたテロ、内紛については、レバノン政府の外交政策に対し、ヒズボラの方に反発や、組織内での意見対立もあるため、との観測が、イリーガル?の経歴を持つ者の間の主流説になっている
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値10〜12」「情報+知性 目標値12〜14」
さらに詳しい情報 1942年に独立したレバノンは、第1次世界大戦後の1920年にシリアと共にフランスの信託委任統治領になっていた。これは、1918年に連合軍が、現在のレバノン領、シリア領、当時のパレスティナ地域(イスラエル国建国は第2次大戦後のこと)を占領した後の戦後処理だった。連合軍の占領は、アラブ軍を率いていたフセイン太子(当時、オスマン帝国のメッカ太守だった、ハシーム家のフセインの息子)の承認下、おこなわれた。
 第1次大戦前、レバノン、シリア、パレスティナは、基本的にはオスマン・トルコ領だったが、当時の現レバノン領中南部では、一応の自治権が認められていた。しかし、実際は、帝国のシリア総督やタラーブルス?総督が制圧したり、制圧に対する反乱が起こったりが多かった。
 当時から様々な宗派が山岳地帯を中心に割拠。完全平定が困難なため、自治権が認められていた、というのが実情だったと思われる。
 こうした歴史背景もあって、フランス統治下にあった1926年以降、レバノンはシリアから分離された。
小事典版推奨判定
「歴史+知性 目標値14以上」
専門的知識 レバノンが現在でも持っているフランスとのつながりは、シリア以上で特に強いものだ。これは、1841年以降、現在のレバノン中南部で激しくなった内乱がきっかけになっている。
 1831年、エジプトのムハンマド・アリー?は、地中海東岸を進軍。アナトリアに向け、反オスマン帝国の軍勢を北上させた。この過程で、パレスティナ、レバノン、シリアはエジプト軍に制圧された。当時のオスマン帝国は、中央集権化とトルコ化政策を進めており、レバノン勢は、アラブ人を中心にムハンマド・アリーに同調。反オスマンの軍事行動に参加した。
 トルコ帝国が、ムハンマド・アリーにシリア、レバノン、パレスティナ領有を認めたため、エジプト軍はアナトリアから撤収。これが、西欧列強国の干渉を招き、1841年U.K.(連合王国)軍がベイルート?を占拠、エジプト軍はレバノンやシリアからも撤退した。
 オスマン帝国は、エジプト軍の撤退後、直ちにシリア、レバノンに知事を派遣、自治を停止した。こうして1841年にレバノン反乱が起きたが、この反乱は、当初から宗派間対立を伴っており、たちまち内紛に至った。現在の歴史研究者の内には、当時中央集権化とトルコ化政策を進めていたトルコ側が、はじめからレバノン勢の内紛が激化するよう、意図的に誘導、挑発を重ねた、と見る意見もある。
 1860年、内紛が高じ、1万人以上のキリスト教徒が虐殺される事件が発生。これにフランスが軍事介入をした。この軍事介入は、1740年にフランスがオスマン帝国から得ていた「オスマン領を訪れる全キリスト教徒を、フランス国旗の保護下に置く」との外交特権に基づいてなされた。
 1860年、レバノン地域は、フランス人総督の監督下の自治領とされた。1869年にスエズ運河が開通。現レバノン領からアンティオキア?(現トルコ領)にかけての地中海東岸諸都市は繁栄期に入った。ベイルート?には西欧風の都市が建造され、沿岸都市にも、西欧風の学校、病院、印刷所が営まれるようになった。ベイルート=アメリカ大学、サン・ジョゼフ大学はこの時期に創建された大学で、現在も運営されている。
 1914年、第1次大戦勃発に際し、オスマン帝国は同盟国側に立った。スルタン執政の1人ジャマル=パシャが、レバノン、シリア、パレスティナ地域の総督として派遣された。レバノン、シリアは特に親西欧的な地域として危険視され、自治権は停止された。大戦末期、トルコで革命が起きると、ジャマル総督は、独自の方針で反革活動をはじめた。これが連合軍に占領されたのが1918年のことになる。

GM向け参考情報

位置(再整理)

 レバノン共和国は、西アジア西南アジア)で地中海東岸に面した国。

近隣諸国
 北から東にかけてシリア=アラブ共和国と国境を接し、地中海の北東海域を挟んでキプロス島とも遠くない。南部ではイスラエル国と国境を接してる。南西部で比較的短い境界線がゴラン高原と接している。

基本情報

  • 目標値8〜10程度の簡単な判定で、PCが知ってることにして構わないでしょう。場合によってはプレイヤーに事前提示しても可。

レバノン共和国の基本情報 2008年版
(別ウィンドウで並べて見ると、多分便利)

用途

 2006年7月現在、レバノン共和国の情勢は、もし、冒険のメイン舞台に扱うなら、シナリオ・メイクやマスタリングにはかなりの配慮が必要でしょう。しかし、プレイヤーにとっては意外とプレイし易い舞台と思われます。PCは命がけでしょう。

 市街地でも銃撃戦や爆発程度が起きても、意外ではない情勢にあります。

 もし、陰謀組織の部隊が、軍事部隊として認識されるようになると、国際的に注目を集め影響も多きな大事件になってしまうでしょうが。しかし、その辺はシナリオ・メイク時点から対処を考えていけば、フォローも可能と思われます。

 例えば、――

  • シュープリームは、政治的な思惑から徹底的な隠密行動をとる、
  • 龍三合は、経済的な思惑から、やはり隠密行動をとる、
  • 銀の暁は、混乱に乗じて異常事態を起こしても、メディアには他に報道することが一杯、
  • セレスティアル・ゲートが、いつものようなピントはずれの理想論を唱えても、相手にする余裕のある人はいない、

――などなど(他にも料理法はあります)の想定でシナリオを構想していくといいでしょう。

 どのような想定にせよ、2006年7月現在の情勢でレバノンを扱うシナリオでは、PCに「複雑な国際関係を、さらに悪化させることだけは避けるよう」財団から強く要請される、とプレイヤーに伝えておくことをお勧めします。

地勢と環境

 レバノン共和国の国土は南北に細長く、最大東西幅は90km、狭い部分での東西幅は25km。

 しかも国土の大半をレバノン山脈とその傾斜面が占め、沿岸平地の奥行きは概して狭い。概ね7km弱と言われる。特に首都ベイルート?の北に位置する地方河川、アル・カルブ河口部ではレバノン山脈の山壁が切り立って海岸に迫っている。

 沿岸平地の東に2000m級のレバノン山脈?が横たわり、標高800m程度、幅13km程度のベカー高原?を挟んでさらに東に200級のアンチ・レバノン山脈?が横たわる。

 沿岸部は、地中海性気候だが夏季は暑い。ベカー高原は、大陸性乾燥気候で昼夜の気温差、季節の寒暖差が大きい。レバノン山脈、アンチ・レバノン山脈は高山性気候で冷涼。冬季にはかなりの積雪を見て、スキーもできる。

 地中海性気候の地域では、4月〜10月が乾季で乾燥。5月〜10月は暑い夏が長く続く。ただし夜間に冷え込むこともある。11月〜3月の冬季は温和で、降水もみる。

【参照データ】

 

地域区分

 レバノンは行政上6つの県に区分され、総計25の地方行政区(districts)に細分されているている。

 レバノンの県は、まず沿岸部と、レバノン山脈などの内陸側とに大別。その後さらに、北部、中部、南部に細別していくと把握し易いだろう。

沿岸部
 北から南に「北レバノン県」「山岳レバノン県」「ベイルート県」「南レバノン県」が並ぶ。
  • 山岳レバノン県は、名前とは裏腹に沿岸部分も含んでいる。
  • ベイルート県は、首都ベイルートとその周辺部。実質、特別首都圏のような規模で、山岳レバノン県沿岸部の中ほどで、地中海にやや出っ張った岬のような土地がベイルート県。
  • 南レバノン県は、その中ほどにナバティエ県の領域が山側から食い込んでいる。南レバノン県の県域は、沿岸部分で連続しているがナバティエ市一帯の内陸部がくびれたようになっている。
内陸部
 北部が「ベカー県」、南部が「ナバティエ県」。
  • ナバティエ県の圏域は、レバノン山脈の南寄りで西側の緩やかな傾斜面に位置するナバティエ市の一帯で、海側に膨らんでいる。県域は沿岸部には至っていないが、南レバノン県の領域を扼したような配置になっている。

人口分布

【参照データ】

 2006年7月現在の混沌とした状況で、どれだけ統計に信が置けるかは不明だ。

 レバノン共和国から多数の難民が、シリア=アラブ共和国に流入している、との報道もある(50万人、とも)。

 ここでは、統計などを踏まえて、イスラエル軍の武力行使以前の人口分布を想定していきたい。

 まず、全般に都市部に人口が集中と想定。都市の内でも、沿岸都市の方が人口密度が高い。

 沿岸平地の非都市部では、集落はレバノン山脈から流出する川沿に断続していると想定。川筋を離れると、人口密度はかなり低くなると想定。

 レバノン山脈の西側(地中海側)の傾斜面では1000m内外の地域まででは、非都市部の人口密度がやや高くなると想定。

 レバノン山脈?と、アンチ・レバノン山脈?の高山部(2000m超の地域)は、人口密度は疎になる、と想定。

 ベカー高原は、気候的に過ごし易い地域なので、標高1000m程度の平地部では、非都市部の人口密度もやや高いと想定。川沿いに集落が多いことは、沿岸部と変わらないと想定。ただし、レバノン山脈の東斜面、アンチ・レバノン山脈の西斜面(シリア国境側)では、高度に応じて急速に人口密度が低くなると想定。

 なお、レバノン共和国に多いパレスティナ難民の難民キャンプについては、何かシナリオ上の狙いがなければ、題材に使うと処理が難しくなると思います。使うとしたら、必要に応じて調べないと、うまく処理できない可能性が生じるでしょう。

 あえてシナリオで取り扱う場合には「レバノン共和国の有用地図集」に挙げてある関連地図などを手がかりに、調べていってください。⇒ レバノン共和国の有用地図集

主要都市

人口の多い都市
ベイルート? レバノン首都。ベイルート県の行政中心を兼ねる。推計人口150万人(1991年)。
タラーブルス? 北レバノン県県都。レバノン共和国第2の規模の都市。推計人口20万人(1991年)。
  • 上記の推計人口はやや古い数値だが、見当をつけるため2004年の総人口と対比すると、2大都市を併せた人口は、総人口のおよそ、45%を占めている見当になる。
近傍に著名遺跡などのある都市
アンジャル ベカー県の中南部に位置。アンチ・レバノン山脈の西斜面でやや標高の高いあたりに立地。人口不詳、5万人未満級。近傍にアンジャルの遺跡が存在。
ジュバイル 山岳レバノン県北部の沿岸に位置。人口不詳、5万人未満級。近傍に、ビュブロスの遺跡が存在。
ティール 南レバノン県中南部の沿岸に位置。人口不詳、5万人未満級。近傍に、ティルスの遺跡が存在。
バールベック ベカー県で、ベカー高原?中ほどの、西側傾斜面裾部に位置。人口不詳、10万人未満級。近傍に、バールベックの遺跡が存在。

正規の出入国ルート

スカイ・ゲイト
 首都ベイルート?の南16kmほどに、ベイルート国際空港が存在。レバノンでは、この空港意外には、公共的な国内空港の類はない。
海港
 首都ベイルート?の港湾が、最大の港で商業港にもなっている。
 他に、沿岸部に、ミーナ?、タラーブルス?、ジュバイル?、ジューニヤ?、サイダー?、ティール?の海港都市が存在。いずれも人口不詳、10万人未満級。
 この内、南部の都市である、サイダー、ティールでは、2006年現在、出入国審査が厳しいと想定。
国際鉄路
 レバノンに通じている国際鉄路は4ルートある。内3つまでが、シリア=アラブ共和国領とレバノン領とを結んでいる物。4つめは、首都ベイルート?から沿岸部を南下し、サイダー?、ティール?を経由して、イスラエル国の地方都市ナハリヤ(人口不詳、5万人未満級)に至る物。2006年現在、最後のルートは、ティール 〜 ナハリヤ間で列車運行が途絶していると想定。
 シリア領との間の鉄路は次の3ルート。
北西のルート シリアの都市ホムスから西に分岐した鉄路が、レバノン山脈?北端とヌサイル山脈の南端との狭間を通り、シリア - レバノン国境の地方都市タルカラフ(シリア側、人口不詳、10万人未満級)を経由した後、国境を越える。国境を越えた後は、まずタラーブルス?に至り、レバノン沿岸部を南下。ジュバイル?、ジューニヤ?を経由して、首都ベイルート?に至る。
北東のルート シリアのホムスから、南南西に向かう鉄路が、シリア - レバノン国境の近く、アンチ・レバノン山脈?北端山麓に位置する地方都市クサイル(シリア側、人口不詳、10万人未満級)を経由した後、国境を越えベカー高原?に入る。ベカー高原ではバールベック?を経由した後、ザフラ(人口不詳、10万人未満級)の手前で、ベイルート? 〜 ダマスカス?鉄道に合流。
ベイルート 〜 ダマスカス鉄道 レバノンの首都ベイルート?から、東に向かった鉄路が、レバノン山脈のやや低い峠を越え、ベカー高原に入る。レバノン山脈東麓の地方都市ザフラを経由した後、ベカー高原を横断。レバノン - シリア国境を越えてから、アンチ・レバノン山脈の西麓を南下し、同山脈の鞍部を回り込んで屈曲しつつ、西からダマスカスに至る。
主要国際自動車道
 周辺諸国からレバノン領に入る主要な自動車道は、9ルートある。内、イスラエル領からレバノン領に敷設されているルートが3つ。これらのルートは、2006年現在、一般の通行は封鎖されていると想定。ブルーローズのメンバーであるPCは、ミッションの内容によっては、関係国に特別な了承を得て、通行が認められるかもしれない。
 レバノン、イスラエル間に敷設されている3つの主要ルートは、以下の物。
「イスラエル領北東端から、ベカー高原の南縁に出る、東端のルート」
「イスラエル北部の地方都市キルヤトシェモナ(人口不詳、10万人未満級)から、ベカー高原?に入る中ほどのルート」
「レバノンのティール?と、イスラエルの地方都市ナハリヤとの間に敷設された沿岸ルート」
イスラエルとの沿岸ルート レバノンで一番南の港湾都市(ティール)と、イスラエルで一番北の港湾都市(ナハリヤ)との間に敷設されている道路。道路の設備程度は、イスラエル南からナハリヤまで至る部分は、主要国際道級だが、ナハリヤから北はまあまあの格に落ちる。極幅の狭い海岸平地で、レバノン山脈西麓と海岸線との間を走っている。
イスラエルとの中ほどのルート イスラエル領北端で、ヨルダン川の西岸に立地するキルヤトシェモナから北上。国境を越えレバノン領に入ると、ベカー高原?を北上してアンジャル?に至る。
イスラエルとの東端ルート イスラエル領北端のキルヤトシェモナと、2006年現在イスラエルが占領を続けているゴラン高原のクナイトゥラ(人口不詳、10万人未満級)との間に敷設されている道路の途上から、北に分岐するルート。分岐点は、ゴラン高原の手前、本来のイスラエル - シリア国境のイスラエル側(ただし、イスラエル側は、「ゴラン高原は併合済み」と主張している)。分岐点は、イスラエル - レバノン国境間際、イスラエル側でもある。
イスラエル-レバノン国境を越えた後は、大きく西にカーブしつつヨルダン川を横断。レバノン山脈の峠を越えて沿岸部に出ると、サイダー?の手前にて、沿岸道路に合流している。レバノン山脈の手前では、キルヤトシェモナから北上している道路と十字交差している。道路の設備程度は、主要地方同級。国際自動車道としてはかなり格が下。
 レバノン領とシリア領との間に敷設されている主要な自動車道は以下の6つ。
「シリア沿岸部の港湾都市タルトゥース?と、レバノンのタラーブルス?の間をつなぐ沿岸ルート」
「ホムス?から、レバノン北部に入る北のルート」
「ホムスからベカー高原に入る北東のルート」
「シリアの地方都市ナブク(人口不詳、5万人〜10万人級)から、アンチ・レバノン山脈を越える中北部のルート」
「レバノンのバールベック?から、シリアのダマスカス?に至るルート」
「レバノンのベイルート?から、アンジャル?を経由して、シリアのダマスカスに至るルート」
レバノン - シリア間の沿岸ルート レバノン北部の港湾都タラーブルスと、シリアの港湾都市タルトl−スとの間に敷設されている。道路の設備程度は、まあまあの格。極幅の狭い海岸平地で、レバノン山脈西麓と海岸線との間を走っている。
レバノン - シリア間の北のルート シリア領内でホムスと、地方都市タルカラフとの間に敷設されているハイウェイの途上から、レバノン山脈北端の西麓で北に分岐。分岐直後に国境を越え、山脈の西傾斜面を下り、沿岸道路に合流しているルート。
 シリア領内のハイウェイの設備程度は、欧米や日本の洗練されたハイウェイをイメージすべきではない。シリアは、社会主義体制の国なので、実用1点ばりの“ハイウェイ”と想定。分岐して国境を越える道路の方は、主要地方道級で、格が落ちている。なお、このルートからは、さらに山岳地方道が1本分岐して、レバノン山脈を越えていく。
ホムスからベカー高原に入る北東ルート シリアのホムスから、ダマスカスへ向かうハイウェイから、ホムスのやや南で南西方向に分岐するルート。レバノン-シリア国境の北東部から、レバノン領のベカー高原に入る。バールベックの西を迂回してザフラ?に至っている。バールベックの北でオロンテス川上流を渡河、ザフラの北でヨルダン川上流を渡河している。
 道路設備の格は、主要地方道級。
レバノン - シリア間の中北部ルート レバノンのバールベックのほぼ真東でシリア領内に位置する地方都市ナブクから西方に向かっているルート。ナブク郊外を、ホムス 〜 ダマスカス間のハイウェイが通過しており、西方に向かうルートは、ハイウェイからの分岐道になっている。アンチ・レバノン山脈を細かく蛇行しながら越え、西麓で、ホムス 〜 ザフラ間の国際自動車道に接合。
 道路設備の格は、山岳地方道級。
バールベック 〜 ダマスカスルート レバノン領ベカー高原で、東傾斜面のやや比高の高い位置に立地するバールベックから、アンチ・レバノン山脈を越えていく山岳地方道。アンチ・レバノン山脈中部の鞍部を斜めに過って国境を越え、シリア側でダマスカス 〜 ベイルート間の自動車道と交差する。この交差点でハイウェイに入ると、ダマスカスへ。道なりに山岳地方道を進むと、ダマスカスとゴラン高原のクナイトゥラとを結ぶ主要地方道に合流。
べイルート 〜 ダマスカスルート レバノンの首都ベイルート?から西に進み、レバノン山脈を越えるルート。西斜面では、ベイルート 〜 ダマスカス鉄道と絡むように進み、鉄道のやや北で峠を越える。峠を越えた後の東斜面で、シリアのホムスからザフラを経由してきた主要地方道が合流。その後ヨルダン川上流を渡河してベカー高原を横断。アンチ・レバノン山脈を登りアンジャル?に至る。アンジャルから東に向かい、アンチ・レバノン山脈の峠を越える。ここまでレバノン側の道路の格は主要地方道級。
 このルートでは、丁度アンチ・レバノン山脈南部の脊梁線が国境線になっている。国境線を越えると、シリアのハイウェイになり、ダマスカスに向かう。
国際自動車道補足
 上に記した主要国際道以外のルートももちろんある。GMは、そうした細かなルートまで掲載されている地図をセッション現場で使えるなら、それらのルートも活用していいだろう。もちろん、そうした細かな道にも国境ゲイトは設けられていると想定。

国内交通網

空港
 現在までにあたった限りの地図では、レバノン国内には公共的な国内空港を確認できていません。岐阜県程度の広さの国土とのことですし、とりあえず国内航空路線は設けられていない、と想定しておきます。
海運
 沿岸部の海港都市の間を小形船で就航することは可能。
水運
 オロンテス川、ヨルダン川については、それぞれの項目を参照のこと。(⇒ オロンテス川ヨルダン川
 その他の地方河川については、遡行航行は不可能と想定。カヌー、ゴム・ボート類の川下りが季節によっては不可能ではない、程度に想定。
鉄道
 レバノンの鉄道は、国際鉄路がそのまま、国内鉄道網を兼ねている。
自動車道
 レバノンの自動車道は、主要な国際自動車道が、国内基幹道の主要部を兼ねている。
基幹道 レバノンの基幹道は、沿岸ルート、ベカー高原ルートと、ベイルート 〜 ダマスカス国際道の3つ。
沿岸ルート 沿岸ルートは、北でシリアとの国際道、南でイスラエルとの国際道を兼ねている。
 タラーブルス? 〜 ベイルート? 〜 サイダー?の部分は、ハイウェイ級の道路。この部分は19世紀にフランスが敷設したもので、内戦前に整備されたもの。かなり洗練されたハイウェイと想定できる。イメージ上は南仏の海岸を走るハイウェイに、ところどころ内戦で受けたダメージを残しているようなイメージがいいだろう。
ベカー高原ルート ベカー高原ルートの北寄りの部分は、ホムスからベカー高原に入った主要地方道級の道路。このルートは、ザフラを経由した直後に、ベイルート 〜 ダマスカス・ルートに合流。
 ベイルート 〜 ダマスカス・ルートはアンジャルを経由してシリア方面に向かうが、アンジャルからはベカー高原を南下する主要地方道が、イスラエル方面に向かっている。この部分がベカー高原ルートの南寄り部をなしている。
北部道路網 ここでは、ベイルート〜ダマスカ・スルート以北のレバノンの基幹自動車道を「北部道路網」と仮称することにする。
 北部自動車網の北寄りでは、タラーブルス?からバールベック?の近くまで、地方道が走りベカー高原ルーとに合流している。バールベックがやや比高の高い位置に立地しているため、自動車道の合流点は、バールベックの西に位置している。この合流点の南では、レバノン山脈を越えてジューニヤに至る地方道も分岐している。
 タラーブルス 〜 ベカー高原ルートには、2、3本の山岳地方道が接合している。これら山岳地方道の1部も、国際地方道を兼ねている。
南部道路網 ここでは、ベイルート〜ダマスカ・スルート以南のレバノンの基幹自動車道を「南部道路網」と仮称することにする。
 南部道路網も、その基幹部分は国際自動車道からなっている。ザフラを経由したベカー高原ルートが、ベイルート〜ダマスカ・スルートに合流する地点のすぐ西、レバノン山脈脊梁部のすぐ東から、山岳地方道が南に別れている。この山岳道は、しばらく脊梁線の東側を併走。サイダーの概ね東方で峠を越えると西斜面を下りサイダーに至っている。
 南部道路網の南寄りでは、ベカー高原ルートの南端で、レバノン沿岸道路から、ゴラン高原のクナイトゥラ、イスラエルのクルヤトシェモナに通じる国際自動車道が交差している。この交差点の西では、国際自動車道を兼ねる地方道級の道から南へ山岳自動車道が分岐。この道は、レバノン山脈南端の脊梁線東側をレバノン - イスラエル国境に内接するように南下。レバノン山脈南縁を回りこんでから、西斜面の渓谷沿いに屈曲しつつ沿岸部のティール?に至っている。
国内道路網補足
 上に記した自動車網以外の自動車道も、もちろんある。GMは、そうした細かなルートまで掲載されている地図をセッション現場で使えるなら、それらのルートも活用していいだろう。あるいは、シナリオの都合に応じて「地図にも載っていないような道」を設定してもいい。
ただし、レバノン山脈やアンチ・レバノン山脈を越すような自動車道は、上記以外にない、と想定していいだろう。(徒歩でなければ越えれないルートなら、山脈越えのルートも、もちろんあるだろう)

別称類

主要国の言語

  • アラビア語名(音写)=Al-Jumh?riyyah al-Lubn?niyyah(アル-ジュムフーリーヤ・アッ-ルブナーニヤー)
    略称(音写)=Lubn?n(ルブナーン)
    (アラビア語?はレバノン共和国の国定公用語
  • フランス語名=R?publique libanaise(レピュブリック・リバネーズ)
    略称=Liban(リバーン)
    (フランス語?は、公用語に準じるように広く用いられている言語)
  • 英語名=Lebanese Republic(レバニィズ・リェパブリク)
    略称=Lebanon(レバヌン)
  • スペイン語名=Rep?blica del L?bano
    略称=L?bano
  • ロシア語名=Ливанская Республика
    略称=Ливан
  • 中国語名=黎巴嫩共和國
    略称=黎巴嫩

リンク

関連項目

周辺地域、諸国

資料リンク

活用や検討

活用

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更新日時:2009/08/02 23:44:17
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