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ルーマニア

ルーマニア 暫定版

暫定版(記事内容追加調査中です)

英語名
Romania
ルーマニア語?(音写)
Rom?nia(ルーマニア語?は、ルーマニアの国定公用語
マジャール語名(音写)
Rom?nia(ロマァニア)(マジャール語は、ルーマニアで使われる少数派言語の内では、話者の多い言語)

PCが予め知ってていい情報

 「ルーマニア」は、東ヨーロッパで、黒海?の北西岸に面した国。

 第2次世界大戦末期の1944年、旧ソ連軍の侵攻もあってファシスト政権が崩壊。2次大戦後の1947年から共産主義化。旧ソ連と一定の距離を置きつつ、西側諸国とも交流する1国社会主義の路線を歩んだ。

 ソ連崩壊に先立つ1989年、共産党独裁政権が民衆蜂起で倒壊。1991年に、国民投票で新憲法が採択され、民主化路線を歩み始めた。2007年1月EU(欧州連合)?に加盟。

近隣諸国
 北と東とでウクライナと国境を接し、北東部では、ウクライナとの間に挟まれたような位置関係にあるモルドバ共和国とも国境を接している。
 南でブルガリア共和国と、西方では南部でセルビア共和国と、北部でハンガリー共和国とも国境を接している。
国名
 ルーマニア語での国名は、「ロムニア」に近い音。英語では「ロゥメィニア」「ルメィニァ」などと発音される。
 「ローマ人の国」を意味し、国際的に広く通用。
国際関係
 旧共産主義体制時代から、国連に加盟。国連系の国際組織にはほとんど加盟している。中欧自由貿易協定に加盟。
 2004年、NATO(北大西洋条約機構)?に加盟。2007年1月、EUに加盟。
地域
 ルーマニアの国土は、パンノニア平原の東外縁に位置。国土中央部を、東カルパティア山脈などの山地が占めている。
 国土は、平坦地の多い南部、山がちな北西部、西高い東低の北東部に3大別することができる。
国情
 伝統的には農牧国だったが、旧共産主義体制にあった1980年代から、工業化が試みられていた。しかし、社会主義的な強引な工業化の結果、経済は疲弊し、社会も混乱していた。
 1991年の新憲法採択移以降、かつての国有企業の私企業化、金融制度の改革などが進められている。
 近年のGDPは増加、物価上昇率は鈍化、失業率も低め、と経済状況は堅調。
 他方、道路、通信網など、社会的インフラが旧式なまま未整備、政府や行政機構に汚職が蔓延しているなども指摘されている。
 都市部を中心に、ストリート・チルドレンのグループが多数存在していることも、社会問題になっている。これら、ストリート・チルドレン・グループの多くは、旧共産主義時代に国家が営んでいた孤児院や養護施設からの脱走者たちが形成したもの、と言われている。
 一般的な犯罪発生率は高くない。国内に反政府組織や、テロ・グループの存在も未確認、とのこと。しかし、パレスティナ過激派グループ、イスラム過激派グループ、シーク教徒過激派グループの支援メンバーが国内にいることは確認されている。
 他に、人身売買などをおこなっている国際的な犯罪シンジケートの存在、活動なども指摘されている。さらに、旧共産主義時代の秘密警察メンバーが、国際犯罪シンジケートと野合している、とも言われるが、これらは未確認であるようだ。
歴史
 14世紀、南部にワラキア公国、東部にモルドバ公国が建国されたが、ほどなく両国は、オスマン=トルコ帝国の宗主権に服す属国となった。この頃、北西部のトランシルバニアは、マジャール王国(ハンガリー王国)の勢力圏だった。
 1859年、ワラキア、モルドバの両国が統合され、ルーマニア公国発足。1877年、露土戦争の戦後処理で、ルーマニア公国はオスマン帝国から完全独立。1978年、ルーマニア王国として国際承認された。
 第1次世界大戦後の1918年、トランシルヴァニア、ベッサラビアも統合したルーマニア王国が成立。1938年、専制君主体制に。
 第2次世界大戦中の1940年、ソビエト連邦がベッサラビアなどを占領。この占領に無策だった当時の国王は、国民世論に迫られ退位せざるを得なかった。国政の実権を握った軍事政権は、ナチス・ドイツと結び、対ソ戦争を開始。しかし、戦後、旧ソ連のベッサラビア併合は、独ソの密約に基づいたものだったと知れる。
 第2次世界大戦中の1947年、王政を廃止し、ルーマニア人民共和国を発足。1965年、ルーマニア社会主義共和国に改称。1965年から、1989年までは、チャウシェスク大統領による独裁政権が続けられた。
考古学関係
 ルーマニアの地域での人類の活動は旧石器時代?から、その物証が知られている。ヨーロッパで最古の現世人類化石、と言われる化石も発見されている。
 鉄器時代にかけて、複数の集団の生活圏、勢力圏となったはずだが、アケメネス朝ペルシアが成立した頃までには、地域がスキタイ人の勢力圏になっていた。スキタイ人勢力は、アケメネス朝の侵攻で弱体化、さらにダキア人の勢力に敗退した。
 紀元前6世紀末には、ダキア人の部族国家が成立。紀元前1世紀半ばに、4つの部族国家に分裂。
 紀元後1世紀末、ローマ帝国の地域への侵攻が激化。ダキア人の部族国家は連合したが、2世紀初頭、ローマ帝国に征服され、地域にはローマ帝国の属州が建てられた。ローマの属州は、ゴート族、カルピア族の侵出の前に、3世紀後半には途絶えた。その後、地域には、フン族、アヴァール族、ブルガール族、南スラブ系の諸族、マジャール族、などなどが渡来した。

ルーマニアの地図

ルーマニアの参照画像

やや詳しい情報

  • 「簡単な判定に成功すればわかる情報」とします。

 ルーマニアには、旧ソ連崩壊に先立つ1989年に、共産党独裁政権が崩壊。「救国政権」と呼ばれた短期間の暫定政権を経て、普通選挙をおこなう多党制の政治体制に移行した。

 現在は、直接選挙で大統領を選任する共和制体制。立法府は2院制。

 2004年にNATO(北大西洋条約機構)?に加盟。  2005年EU(欧州連合)?加盟条約に調印、2007年1月の加盟が予定されている(2004年のEU首脳会議にて承認済み)。


 ルーマニアの地域での人類の活動は旧石器時代?から、その物証が知られている。

 地域で発見された、頭部の人骨化石は、およそ36,000年前頃から34,000年前頃のもの、と測定されていて、2007年現在、ヨーロッパで最古の現世人類化石、と目されている。

 新石器時代から鉄器時代にかけて、複数の集団の生活圏、勢力圏となったはずだ。

 アケメネス朝ペルシアが成立した頃までには、地域がスキタイ人の勢力圏になっていたことは、ヘレネス?が記した古代記録で伝えられている。へロドトス?によれば、地域のスキタイ人は、アケメネス朝のダレイオス1世?(大帝)の西征軍によって、弱体化、さらにダキア人の勢力に敗退した。

 紀元前6世紀末には、ダキア人の部族国家が成立。晩年のユリウス=カエサルは、ダキア人攻略作戦を準備していたようだが、B.C.44年に暗殺された。この頃、ダキア人の部族国家も分裂。地域には4つの部族国家に並立した。

 紀元後1世紀末、ローマ帝国の地域への侵攻が激化、ダキア人の部族国家は連合したが、2世紀初頭、トラヤヌス帝の代のローマ帝国に征服された。

 その後、地域にはローマ帝国の属州が建てられたが、ゴート族、カルピア族の侵出の前に、3世紀後半には途絶えた。中世ルーマニア人は、ローマ帝国入植者とダキア人などとが混交して形成されたエスニック・グループ、と目される。彼らがワラキア公国、モルドヴァ公国を興すまで、地域には、フン族、アヴァール族、ブルガール族、南スラブ系の諸族、マジャール族、などなどが渡来した。

さらに詳しい情報

  • 「難易度がある程度高い判定に成功すればわかる情報」とします。

 「増補待ち」

GM向け参考情報

  • GM向けの補足情報、マスタリング・チップス、アイデア・フックなど

位置(再整理)

 「ルーマニア」は、東ヨーロッパで、黒海?の北西岸に面した国。

近隣諸国
 北と東とでウクライナと国境を接し、北東部では、ウクライナとの間に挟まれたような位置関係にあるモルドバ共和国とも国境を接している。
 南でブルガリア共和国と、西方では南部でセルビア共和国と、北部でハンガリー共和国と国境を接している。
 黒海を介しては、グルジアトルコ共和国と対面、ロシア領とも遠くない。

基礎データ

  • 目標値8〜10程度の簡単な判定で、PCが知ってることにして構わないでしょう。場合によってはプレイヤーに事前提示しても可

ルーマニアの基本情報 2008年版
(別ウィンドウで並べて見ると、多分便利)

地勢と地域

地勢と環境

 ルーマニア国土の南縁では、ドナウ川が、セルビア共和国、及び、ブルガリアとの国境の主要部を成している。ドナウ川は、黒海沿岸部の丘陵に阻まれて、国境を離れてルーマニア領内へ屈曲。概ね北流していく

 国土の西縁部は、プルート川?がモルドバとの国境を画している。プルート川は、黒海側のルーマニア-ウクライナ国境の1部も成した後、ルーマニア領内でドナウ川と合流し、黒海に流出。河口部では、堆積土砂と湿地とからなるドナウ・デルタ?を形成している。ちなみに、ドナウ・デルタ周辺の低湿地は、ウクライナ側にも広がる。(ドナウ・デルタ自体は、ルーマニア領内に納まっている)

 北部国境線の東西中ほどで、ウクライナ領へと続く東カルパティア山脈が、北西〜南東方向へ横たわる。この山脈は、国土南東にある平地部の後背で屈曲。国土南西端まで概ね東西に横たわるトランシルヴァニア・アルプス?に連続している。

  • 地理学的には、トランシルヴァニア・アルプスも広義の東カルパティア山脈に含まれる。しかし、屈曲点までを狭義の東カルパティア山脈として、トランシルヴァニア・アルプスと区別することはよくなされる。
  • ルーマニアでは、トランシルヴァニア・アルプスを「南カルパート山脈」と呼んだ上で、残りの東カルパティア山脈を、「東カルパート山脈」と呼ぶ。さらにアプセニ山地などを指して「西カルパート山脈」と呼んでいる。特に最後の「西カルパート山脈」は、各国で言われる「西カルパティア山脈」の用法とはまったく異なる。

 ルーマニアの国土は、1/3ほどが山地、1/3ほどが丘陵地、残り1/3ほど平地になっている。

 大まかには、北方向を上に、大文字のLを左右逆転(鏡文字状)にしたような形状の山脈で、国土の北西部と、その他の区域とが区切られた地勢をイメージするといい。

 平地は、山脈に区切られた国土南縁から南東にかけて広がる南部平地と、西縁から北西部にかけての平地とに大別される。

 日本の北海道に相当する北緯に位置。はっきりした四季を持ち、6〜8月の夏は、平地部の日中最高気温が30℃を越すこともある。12月〜翌3月の冬季は、冷え込みが激しい。南部に位置するワラキア平野でも積雪を見る。この時期、山間部のスキー・スポットは、スキー目的の観光客で賑わう。秋、春は過ごし易い。

地域区分

 ルーマニアの行政区分は、ブカレストを中心とした首都圏と、41の県、都合42の行政区に区分されている。

 現在の国土は、その地勢から、北西部、北東部、南部に3大別することができる。

 これらの地域区分には、もちろん行政的な実体はない。また、3大別された地域は、しばしば、やはり行政実体をもたない、歴史的地域に細分されることもある。

北東部(モルドバ地方、ブコヴィナ地方)
 狭義の東カルパティア山脈の東にあたる国土北東部は、緩やかな丘陵と平地が連なっている。
 モルドバ共和国と国境を接しているこの地方は、モルドヴァ地方と呼ばれる。歴史的には、現、モルドバ共和国と併せて、「歴史的モルドバ地域」を成していた。あるいは、「ベッサラビア地方?」の別称でも知られる。
 また、この地域でウクライナ国境と接してる北東部が「ブコヴィナ地方?」とも呼ばれる。ただし、本来の「ブコヴィナ」は、現在のルーマニア北西部からウクライナの南東部にわたる歴史的地域名。ルーマニアのブコヴィナ地方は、「北モルドバ地方?」とも呼ばれている。
北西部(トランシルヴァニア高原、トランシルヴァニア平地)
 北西部では、平地の中央部にやや大き目の山地(アプセニ山地)が位置。東カルパティア山脈(及びトランシルヴァニア・アルプス)との間は、低い山地と起伏が多めの丘陵地とが連なり、トランシルヴァニア高原と呼ばれる。
 北西にある盆地状の平地は、トランシルヴァニア平地とも呼ばれるが低い起伏も多い。平地らしい平地は、ハンガリー、及び、セルビア=モンテネグロと国境を接す周辺部に偏っている。
 また、トランシルヴァニア地方、北部に位置するマラムレシュ県?の一帯は、山間で古い民俗が色濃く残る地域。特に「マラムレシュ地方」と呼ばれることもある。
南部(ワラキア地方、ドブロジャ地方)
 国土の南西部では、トランシルヴァニア・アルプスの南斜面が、広く緩やかな傾斜地に連なり、ブルガリアとの国境部に広がる南部平地へと連続している。この南西部から南部平地が「ワラキア地方?」。
 黒海沿岸地方には、丘陵が連なり、ワラキア地方の平地東縁を縁取っている。この丘陵はドナウ・デルタ?の南西まで続き、ドナウ川に北流の流れを強いている。この丘陵地以東の黒海沿岸部で、ドナウ・デルタも含めたちいきが「ドブロジャ地方」。「ドブロジャ」はルーマニア語で、スラブ語系統の言語でドブルジア?とも呼ばれる。
 ただし、本来の「ドブルジア地方」は、歴史的な地域名で、その南部は、1940年以降、ブルガリア共和国領になっている。

人口分布

 2000年の統計に基づく、GPWvr3 の地図を参照すると、ドナウ・デルタ?の人口密度が極端に低く、高山地帯の人口密度が、それに次いで低い様子がうかがわれる。

 都市集住率は55%弱。概算で、1,230万人ほどが都市に居住。

 この内、200万人弱が首都ブカレスト?に居住。首都圏人口は、235万人強。

 他に、30万人超級の都市は、アラド?、クルージュナポカ、コンスタンツァ、ティミショアラ?、ガラツィ、クラヨーヴァ、ブラショフがある。

 20万人超〜30万人未満級の都市は、オラディア、バカウ、ブライラ、プロエシュティ。

 20万人超級の都市の人口総計は、概算で555万人ほどになっている。

主要都市

トランシルヴァニア地方
クルージ・ナポカ?、シビウ?、ティミショアラ?、トゥルグ・ムレシュ?、ブラショフ?
モルドバ地方(及び、ブコヴィナ地方)
スチャヴァ?、ヤシ?
ワラキア地方
ブカレスト?(首都)、トゥルグ・ジウ?、トゥルゴヴィシュティ?、ドロベク・トゥルヌ・セヴェリン?、プロイエシュティ?
ドブロジャ地方
コンスタンツァ?、トゥルチャ?

正規の出入国ルート

スカイ・ゲート
 首都ブカレスト?の近傍に、ヘンリー・コアンダ国際空港が位置。
海港
 黒海沿岸のコンスタンツァ?が主要海港。
国際鉄路
 モルドヴァ共和国?を経由して、キエフ?モスクワ?に至る鉄路が、ヤシ?で国内鉄道網に接合している。
 ウクライナとの間には、4系統の国際鉄路が布設されている。内、最も東寄りの路線では、キエフ?モスクワ?に至る便が運航されている。
 ハンガリー共和国との間には、4本の国際鉄路が布設されている。これらの路線では、ハンガリー側の鉄道網を通じ、ブダペシュト?に至る便が運航されている。
 セルビア=モンテネグロとの間には、ルーマニア側のティミショアラ?とセルビア側のベオグラード?とを結ぶ1本の国際鉄路が布設されている。
 ブルガリア共和国との間には、2本の国際鉄路が布設されている。
国際自動車道
 「増補待ち」

国内交通網

空路
 国内には、南カルパティア山脈(トランシルヴァニア・アルプス)以北の11箇所、ドブロジャ地方のコンスタンツァ?、他に地方空港があり、国内便で結ばれている。
水運
 「増補待ち」
国内鉄道網
 「増補待ち」
国内自動車道
 「増補待ち」

マスタリング・チップス

ルーマニア(ロゥメィニア)国土の形状
 ルーマニア(ロゥメィニア)の国土面積、日本の6割強は、実は本州の面積に等しい。このデータは、シナリオ・メイクのときには有益。
 例えば、「本州と同じ面積の1/3が山地で、1/3が丘陵地」とか、「本州と同じ面積に日本の2割以下の人口しかいない」など想像していくと、舞台背景のイメージがしっかりしていく。
 ただし、細長い島国である日本と、ルーマニアの国土とは形状が違うことに注意。詳しくは地図を参照してほしいが、ルーマニアの国土は、大雑把に言えば、正六角形を斜めに歪ませたような形状をしている。
 セッションの時も、地図を提示できる準備があるとき以外は「本州の本土面積に等しい」件は、告げない方がいい。
 本当は告げた方が、プレイヤーにとってもいいのだが、どうしても、日本の形状にイメージが引っ張られる人は出る。
 逆に、地図を準備できてるときは積極的に告げるといい。距離感覚などをイメージし易い。
ルーマニアの交通事情
  マスタリングに活かすかどうかは、GM次第だが、ルーアニア(ロゥメィニア)では、インフラの未整備、運転マナーの悪さから、自動車類の交通事故が多いらしい。
 (日本国)外務省サイトの「ルーマニアの医療事情2004年版」、在ルーマニア日本国大使館の「医療情報」、Jicaの「ルーマニア国別生活情報2003年版」(「交通事情の項」)など、複数のソースでなんらかの言及がみられるので、かなり確からしい。

トピック:ルーマニア人の歴史背景

 「ルーマニア」の国名は、「ローマ人の地」を意味し、現在でも、ルーマニア人(Romanian)の内には、古代ローマ人の後衛を自負する意見もある。

 この意見は、事実には基づいているものの、歴史の一面を過大に唱えた物語化された歴史と言わざるを得ない。

 まず、ルーマニア語だが、確かに、古代ラテン語の口語から派生した言語ではある。詳しくは、西方印欧語族のイタリック語派に属す、バルカン・ロマンス語派の1言語と分類されている。

 つまり、イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語などがラテン語の系統であるのと、ほぼ同等の意味合いで、ルーマニア語もラテン語の系統である。

 ルーマニア語の発音や文法はラテン語のそれに由来しているが、格変化には、バルカン諸語と共通する性格もみられる。語彙には南スラヴ語系統の言葉の混入が多い。

 歴史的にみると、現在のルーマニア領の一部は、2世紀初頭にローマ帝国の属州ダキアとなった。ローマ帝国領各地の出身者で構成されたローマ軍の駐屯もあった。

 その後、3世紀頃からゲルマン系ゴート族の領域となり、ローマ領は後退。属州ダキアは放棄されたが、ドナウ川の南方に新たに属州ダキアが再編された。

 現在のルーマニアにあたる地域は、と言えば4世紀末にフン族の支配域に併呑され、6世紀にアヴァール人の支配下に入った。9世紀マジャール人がハンガリー盆地を征服すると、アヴァール人は劣位にたたされたものの、トランシルヴァニア地方の勢力圏権は確保した。

 その後、ルーマニア地域も、ハンガリー盆地から各方面に波及したスラブ系諸族の民族移動にさらされ、紀元後1000年以降には、南スラブ系民族の1派、ブルガール人が支配的になった。

 つまり、せいぜいのところ「フランス人はケルト人の後衛だ」というのと、同じくらいの曖昧さで、「ルーマニア人はローマ人の後衛だ」と言える程度なのだ。ちなみに、歴史学的には、現在のフランス人は、ガロ・ローマ人と呼ばれる、地中海民族とケルト系民族との混交態に、ゲルマン諸族が混交する内から形成された、と整理されている。

 同様に、現在のルーマニア人の祖を「ローマ化したダキア人」と呼んでも、ローマ人とダキア人の混交と呼んでもいいが、この場合の「ローマ人」には、帝国領の各地から出身者が入り交じっていたことも忘れてはならない。「ルーマニア人、ローマ人の後衛説」は、根拠はゼロではないが、歴史ロマンの1種である。

【参照】

別称類

主要国の言語

  • 英語表記=Romania(ロゥメィニア)
  • フランス語表記=Roumanie
  • スペイン語表記=Rumania
  • ロシア語表記=Румыния
  • アラビア語名=(調査中)
  • 中文表記=羅馬尼亞

その他

  • ルーマニア語名(音写)=Rom?nia(ロムニア)
    (ルーマニア語?は、ルーマニアの国定公用語の1つ)
  • マジャール語?(マジャル語)名(音写)=Rom?nia(ロマァニア)
    (マジャール語は、ルーマニアで使われる少数派言語の内では、話者の多い言語)

リンク

関連項目

周辺諸国、地域

資料リンク

活用や検討

活用

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更新日時:2009/07/30 23:07:04
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